ハラプロジェクトのホームページに、ブログを引っ越しました。
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JUGEMテーマ:日記・一般
]]>永らくのご無沙汰申し訳ありません。
やっとブログに向き合えました。
さすが昨年の公演回数9本はえらかった。
私の年間公演数の最多記録だ。
その忙しい中でも、毎日の朝の庭いじりと体操は欠かさなかった。
朝、目覚めると1〜2時間うつらうつら…。
ベッドの中で昨日のケイコの反省、今後の事など、
ポカリポカリと浮かんで来ることをメモ(しないと最近はすぐ忘れてしまう)。
書いて記録するとかでなく、ポッと浮かんだ思いつきを手で書くという動作が、
いつか具体化していく最初のセレモニーのような気がして結構マメにメモる。
ひと段落すると衣服改め庭へ出る。
寒気で空気がキレイそう。
掃除と草木の手入れ、30分程。
この後、私のオリジナル体操、30〜60分。
日によって長さ、内容は変える。
そして庭の草木を眺めてコーヒータイム。
1日のうちサイコーに「ボー」っとする時、
いちばんのご馳走は日々天気によって刻一刻と変わる草木の色合い。
日差しが斜めの朝、
葉を透き通る緑の明るさ。
…いちばん好き…
生命の美しさを文句なしに実感する。
そんな時、絶対いるのが麦ワラ帽子。
太陽の陽射しが視覚に入ると目がチカチカ、その生命の緑を味わいづらい。
帽子のひさしでガード。
今のは4年使っていい具合に風化してカッコイイ。
私は大好きなゴッホをいつか芝居にしたいと思っていて、
念願叶ったその折にはピッタリの「ゴッホの帽子」と名も付いているのだ。
4年間ほぼ毎日かぶったり取ったり、その度に前頭部の上端をひょいと右手でつかむ。
それでその部分が擦れて穴が空いている。
両サイドは作業の加減で擦れ落ちて無い。
右手側が多いのは、
手を伸ばしての作業(ナツメの実をもいだり、きゅうり、ささげなどの手入れ、収穫はかなり無理して右手を上へ伸ばす。)で、
ひさしに強く右腕が当たり擦れているのだなと思われる。
最近はこの帽子の形の変容がとても気になる。
じっと見ていると「毎日の事は恐ろしい、正直だ。真実、重みがあるな。」と感じる。
今年は私6回目の「戌年」。
老いを感じてから3年、朝の体操を欠かさない。
毎日の事は正直だ。
ほんの少しの心身の変化を教えてくれる。
芝居の演技とは、この帽子みたいに年を経て変化してゆく自分の心身に正直になれるか否か。
私の心身がどれくらい解放、自在に操れるかはこれからだ。
表現者として「楽しい盛り」が来ることを願う。
昨年を振り返り、改めて「全身全霊芝居」。
あの麦ワラ帽子同様、スレテコスレテ、無くなるまで続けたいと思います。
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3ケ月ぶりだ。
今年は時間が早い。
ドンドン日が過ぎる。
3月、岐阜県笠原で「姥捨」。
4月、スペイン、「ダリ旅」。
5月、長野県大鹿村祭文亭、「HAIKAIと鳴神」。
6月、豊田市美術館西町会館、「姥捨」。
足助農村舞台宝榮座、「鳴神と姥捨」。
と公演が6本続き、
8月からは12月の七ツ寺共同スタジオ「ベニスの商人」公演に向けて、
出演者募集説明会、台本作りと並行して配役ワークショップ。
そして昨日(9月12日)「ベニスの商人」チラシ原稿完成、
台本第3版(ほぼ公演サイズ)完成。
秋の「HAIKAI」(10月1日名古屋市博物館)、
「大須大道町人祭り」(10月14日15日)の2本の内容と手配、ケイコ…。
脳内は9本の作品をこなすためにフル稼働。
その間に「よう働いたわ」といたわる間もあらばこそ…。
ハラプロジェクト以前、40年もの間(主にロック歌舞伎スーパー一座)共に創作活動をした、
岩田信市さんが8月6日亡くなった。
最後の一ケ月程は、ほぼ毎日彼の元を訪れ、
スーパー一座を閉じてからは本当に久しぶりに毎日顔を合わせる密な時だった。
何はともあれ、脳にスキマができた。
そして書かねばと思いつつ手がつかなかったブログの原稿に向かえるようになった。
秋日和のカラッとした今日。
久しぶりに朝早くカラスが庭で騒ぐ。
「ぬ、もしや」と思いつつ床を離れてまで見に行こうと思いつつ、
うつらうつらした後庭に出る。
「やられた。」
色ずんできた柿に穴、尖った嘴でつついた穴。
「さすが御町内さん、よく知ってる。夏の間まったくのご無沙汰だったのに。」である。
待てよ、ひょっとしたら秋の訪れを私に教えに来てくれたのかも知れぬ。
「お芝居てぇのはね、本数やればいいってもんじゃあないんだよ。
お前さん、時間かけてちゃんと丁寧に演ってるかい?
時の移ろい位は楽しめるようでなくっちゃね、ねお前さん。」
名前を付けてやろう、あのカラスに。
お千代さん、お雪さん、もも助…
なんでか芸者風の名前しか浮かんで来ない。
キリッと島田に結い上げた黒髪に同じく黒紗の着付けに羽織、黒塗りの下駄に赤い鼻緒姿のカラス。
脳にスキができると浮かぶはこのような事ばかり。
私はよほど心にスキがある人間なのか。
はっと気がつけば周りはすっかり秋。
庭には白い彼岸花、秋ナス、シソの花、ナツメの実、ハーブに花がつく。
自然は一時も休まぬ。
ナニも言わず呼吸している。
その泰然ぶりに比べて私と来たら、
「アーァ、この秋はハラプロ以外にもう一本名古屋能楽堂で、
20分ばかりの踊りを作って踊らなくてはならぬ。」
と少々アセリ気味の呼吸なのである。
…嗚呼。
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「橋の下世界音楽祭」が終わってから次の公演、
豊田西町会館「姥捨」(6月30日〜7月2日)の準備に忙殺されて、
書くこといっぱいあるのにコンチクショウ。
やっと目鼻がついたので橋の下の事から描きます。
今年のハラプロはいつもの「コミック歌舞伎」と違って、
パフォーマンス「HAIKAI」。
俳句の「俳諧」と、アチコチする「徘徊」をかけ合わせてある。
誰でもデキル、シンプル極まりない。
基本は超ユックリの歩行。
一歩踏み出すのに全身で立ち向かう。
100m20分かける。
サルバトール・ダリの「溶けた時計」のごとく、
いつもの時間が途方もなく「ノビル」。
生きてきた自分の全時間くらい。
50の魂が浮遊し、キャベツを喰い合う「最後の晩餐」。
その日、急ごしらえの「HAIKAIバンド」も加わり即興の大宴会。
50の魂がぶつかり交じり合う。
「ウマクイッタ。」「オモシロカッタ。」
いろんなモノがいろんな人が「徘徊」浮遊し、
いろんな出会い、交じり合いが起こり、
世界を一瞬にして17音に凝縮させる「俳諧」のように…。
今年の「橋の下」はそんな事がアチコチで起こった。
青い空の下、風になびく草穂の様に。
自然に、気取らず、当たり前のように起こった。
私はその「当たり前」が好きだ。
私の好きなポップアート(ポピュラーアート)とはこの事なのだ。
私の辞書ではポップアートとは、
「平凡な事を楽しむ芸術」とある。
ー メデタイな 嗚呼メデタイな 橋の下 ー
つい、私には珍しく写真をたくさん写した。
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南アルプスの白雪の峰々。
描いたような白雲。
芽吹きの黄緑。
一斉に咲き出す花々。
カラッとして陽気。
信州伊那谷から南アルプスの奥深く一気に昇った標高1000m。
江戸時代からの古民家十数戸が、
大鹿村のさらに奥にある急な山肌に張り付くよう、
つづら道なりに点在。
見晴らしはスコブル良い、
空と山がでかい天空の村だ。
家の材が太い。
鬼の住むようなでかい「祭文亭」。
3年目になる。
家主のサイモンさん曰く、「日本で一番山奥で一番小さい劇場」。
今まで2回は6月梅雨時で雨が多かったけど、今年は上天気。
望みどおりのロケーションで演れた。
5月の連休3日間。
仕込みと公演2日で3日間晴れだった。
山で満々の陽を浴びると「最高っ」って身体が言う。
こんな状態だったので芝居も最高。
客の覚えも最高。
だったけど客は少なかった。
この時期は江戸時代から続く大鹿村歌舞伎公演や、
長い冬が終わり一気に終えるように草が、木が輝き出す時で、
帰省客や観光客の来る時。
地元の人達が超忙しい時だったらしく、
「ノンビリ芝居見物」とはいかなかったみたい。
それは兎も角、
この辺りのスケールの大きな山と空と水の美しい、
人間の手付かずの風景はスバラシイ。
今、このスバラシイ景色の地下深く、トンデモナイ事が進行中。
リニアモーター。
名古屋⇔東京間を45分縮めるためにモグラのように穴を掘るのだ。
地球に穴を空ける気か…不安である。
子供の手にする風船に突然プシュッ、針する大人。
昨今ようやく宇宙船「地球号」と言われ、
その有限性が問われるこのご時世。
全人類ヒヤヒヤ、落下傘で降下中なのだ。
カラスに突かれて傘に穴が開くなら兎も角、
誰が自ら穴を空けるのか。
「傲慢」というかんむり付きの叡智と勇気で地球に穴する狂気の人。
不安である。
こんなにも美しい風景の下を悪夢のトンネルはもう掘られ始めているのだ。
もうしばらくして、この美しい風景目指して訪れる人々を、
数千台のトラックが追いかけるだろう。
ナンのために…ナンのために…。
3回目の大鹿村、芝居の旅は余りの自然の大きさ、美しさに胸打たれました。
そして、今年4回演るパフォーマンス「HAIKAI」が「喰う人」でその最初がここ大鹿。
その大鹿の地中深く、まさに地球に喰いつくがごとく、
リニアモーターの穴掘りが始まる、皮肉な巡り合わせだ。
兎も角、私はオモシロイ芝居を作り、笑ってもらう事しかできない…。
続けるしかない…。
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「サムー」から「アツー」へ。
変わり目が春。
目まぐるしく景色が変わる。
庭の植物。
一気に花開くボケ、雪柳、山吹、チューリップ、ユスラ、
クリスマスローズ、ブルーベリー、ユズ、ラン。
食用青菜の取り残しは黄色の小花をつける。
イチジクは「無花果」の名の通り花は見えない、
実の中の赤いつぶつぶの実が花のつぼみか。
3cmくらいに膨らんだから、中で花は咲いているのかな。
大須の桜。
暖かい昼に、冷たい夜。
そのせいか夜空に浮かぶ満開の桜ごしの月がスゴイ。
冷え冷えとモノ言わぬ月、心に残る。
一雨ごと、強い風の吹くごとに木々は芽吹き一日一日、
日を増してキレイな黄緑が広がる。
この黄緑、ほんと「目を洗われる」という言葉がふさわしい。
三月冬の寒さが残り、残り少なくなった「エサ」を求めて、
騒がしかった鳥達が四月になるとパッタリ来ない。
外へ餌場が移ったのか。
食べごろの青菜が黒い土を割って顔を出したのに。
春の花が咲き始めたのに。
と思っていたら、四月終わり頃やはり戻ってきました。
イヤ、戻ってきたんではなく新しくやってきた。
カラスとハトは大須在住らしいので戻ってきたが、
メジロ、スズメらしきものは新顔だし、
ヒヨドリみたいなのは頭がモヒカンのちょっとパンク、
普通私がベランダに姿を現すだけで慌てて飛び立つのに、
コイツは平気。
2m先のブルーベリーの小さなスズランみたいな花をモーレツな勢いで喰いまくっている。
二匹一緒、まず夫らしき方が飛来、喰い始める。
後一匹は小屋の上で待機。
喰い散らす勢いがスゴイので待ちきれず「コラ」とはっきり言わず、
「ウッン」と音量は出さず気合だけはしっかり込めて足踏みもろとも発する。
二匹同時に飛び立つ。
初めて見た鳥だ。
きっと渡り鳥に違いない。
二匹羽を携えてたくましく世を渡るのだ。
でもなるべく早くこの地は離れろ、と思ってしまう。
ある朝ベランダのカーテンを開けると「サッ」と黒い影が走る。
「カラスか」と庭へ出るとブルーベリーの白い花が木下一面に散乱。
…。
「無残やな、落下狼藉とはこの事よな。憎っきはカラス。」
とちょっと口に出してみる。
願わくばスズランみたいな花の中で結果だけは済んでいておくれ。
そして夏には黒い宝石と言われる実を付けておくれ。
と願う。
年のせいである。
朝、庭をながめて呟いたりしてるのは。
今はそれがウレシイ。
「喰う」という営みが間近に見えて。
今年一年かけて4回行うパフォーマンス「HAIKAI」。
喰う。
ひたすら喰う。
身体丸ごとで喰う。
週二回「丸ごと喰うケイコ」を2月より続けている。
だんだん味がし出した。
この先が楽しみだ。
]]>フランス国境沿いのリゾート地「カダケス」へ向かう。
ダリの父の別荘があり、ダリ幼少の頃から最も好きだった所。
そこから急な海岸のギザギザ道を昇り降りして、
ガランとした入江にポツンとある「ダリの家」。
バスから降りて道らしき所を選んで歩きたどり着く。
何も無い。
カンバンもジハンキもゴミカゴもナンニモない。
「イイナー、このフツーさ。」
予約制なので人もまばら、風と波の音だけ。
浜辺にすぐ建つ白壁の窓も少ない砦のよう。
てっぺんに「タマゴ」。
波打ち際から山へ向かってムクムクと40年以上の「時」をかけ増築増殖していった、
「タマゴの家」と呼ばれているダリの家だ。
一見そんなに風変わりな容貌ではない。
予約時間になるまで待つ。
門も柵もない。
が、守衛らしき人(?)がたむろしている建物の壁に何気なく「日時計」。
時計といえばトロンと溶けた時計が代名詞のダリである。
「お、これは!」と思う内、入口の前に一本の糸杉の生えた朽ち果てたボート。
これまた「おお!やるなー。」…声が出る。
朽ちたボートは樹脂で覆ってあり、ちっちゃく「触れるな」と表示してある。
ほとんどの人が作品とは気づかず、もたれたりナデナデしてる。
さて、入館!
って言っても10人ずつ一人の案内人に付き添われて、
こんにちは、ダリさん!
みたいな感じで玄関ドアを開けて入る。
「う、狭い。」当たり前だ。
フツーのお宅に10人で押しかけているのだ。
入ってすぐ「シロクマ」がいる。
ジャラジャラネックレスを付けて鉄砲を持って。
向かいに「唇のソファー」。
台所、図書庫、アトリエ、バスルーム、トイレ、寝室など14の小部屋と屋外にはプールや点在するオブジェ。
彼の描く絵画そのままに、彼の家どこもかしこもダリの「おもちゃ」「宝物」で埋め尽くされている。
まるで彼の脳内にいるような感じ。
家自体がダリなのだ。
イイ気持ち…。
イイ気持ちにさせてくれたのは展示とその見方にもある。
生前のままに(アトリエでは描きかけの絵もそのまま)ロープ一本の仕切りだけ、
手を伸ばせば届く。
彼の使ったもの、作ったものに埋もれて、
この世にいない「ダリに会えた」と思った。
女神「ガラ」と2人で過ごし、分身でもある絵を描き、産み出す聖なる場所、
まるで子供のように飾り続けた城であり、教会でもあるのだ。
「随分と正直な人なんだな。」と嬉しくも思った。
帰り道、道端の草やサボテン、砂利、水たまり、岬の岩、碧い空、ダリの描くものに見える。
やはりダリ酔いかな…。
]]>
先月一週間ほど「サルバドール・ダリ」に会いにスペインへ行ってきた。
会うと言っても、もうこの世にイナイ人なので彼の住んでいた家と、
彼自身の手による彼の美術館を訪ねた。
若い頃は余り惹かれなかったダリだったが、
昨年暮れ、東京国立新美術館の「ダリ展」を観て、
彼を急に知りたくなった。
本年2017年は、20年来の私のパフォーマンス「HAIKAI」を4本立て続けに行う。
昨年11月、「さんせう太夫」が終わると同時に、
今年の「HAIKAI」に向けてスイッチがパチっと入る。
HAIKAI中、私の脳内はダリの絵にある溶けた時計みたいに、
時間が「タラーーーーン」と伸びていく感じになる。
現実がハガレ落ち、得体のしれぬ普段とは違う自分になる。
それがダリの絵の中の人物のようなのだ。
そういう訳で、急にダリに会いたくなり、
地中海フランス国境近くのポルト・リガト、何もない入江に建つ、
最愛の妻「ガラ」と暮らし仕事をした、
たぶん最も幸せな時を過ごしたであろう、ダリの「脳内ジオラマ」みたいな家と、
彼の生まれたカルダスの「ダリ劇場美術館」(1974年彼70歳の時開館)、
かつて劇場だった、ダリ自身の手によって作られたダリ王国のような建物を訪れた。
ピンポイントの目的でピンポイントの場所を訪れ、
ダリに会えはしないけれど、「モノ作りのオモシロサ」「モノ作りに熱中する楽しさ」、
ビシバシと伝わってきました。
願わくば私もあんな風に芝居作りに挑みたいと思う。
空の長旅は疲れたけど、
「イイゾイイゾ、ワカルワカル、ソーダソーダ」の連続でした。
あ、そうだ!
文の最初に「危なかった」と書いた。
今回の旅は格安にして「ダリゆかりの地を巡る7日間の旅」という、
私にしては願ったり叶ったりの嬉しいツアーだったんだけど、
その旅行会社が「テルミクラブ」。
帰国して一週間後、ニュースで倒産を知ってビックリ。
いいホテル、うまい食事、親切なガイドといたれりつくせりの良い旅だったので、
なおさら「エッ!」だった。
ひょっとしたら現地でオロオロする所だったかも知れぬ。
ダリの脳内には迷い込みたいが、地球の反対側で迷うのは嬉しくない。
ダリの旅は「危なかった」で終わり、ダリのイタズラだったのかも知れぬ。
]]>思い出せない。
役者として出演したことはあるが、私の芝居としては永らくない。
私の芝居は演る場の力が大切、作品に合うオモシロイ空間を作れる所を選ぶ。
既存の小屋としては大須演芸場、名古屋能楽堂、七ツ寺共同スタジオ、KDハポン始め、
本当に色々な所で演ってきた。
〇〇劇場、〇〇ホールと名の付く所は少ない。
であるので、3月5日「多治見市笠原中央公民館」の「姥捨」公演は本当に久しぶりのホール公演だ。
650席の中ホール。
デカすぎる…。
「姥捨」初演はKDハポン〈鶴舞中央線高架下のライブハウス〉畳3枚極小の舞台だった。
50倍の広さのこの舞台、どう料理するか。
ここは40年間、世界を股に磨き上げた私の腕の見せどころ。
結果は上々、予想を超えたお客さんに喜んでもらえたし、
館の皆様とのスタッフワークも気持ち良くはかどり、
なにより私共ハラプロ内のコンビネーションも良かった。
今年は「姥捨」、「ベニスの商人」、パフォーマンス「HAIKAI」と、
合わせて8ヶ所での公演、まずまずの滑り出しでした。
ここ笠原は戦後モザイクタイルの一大産地で大変栄えたが、
世の移ろいにつれ今は随分と静かだ。
が昨年、消え行くモザイクタイルを憂えた人達の力で、
全国の解体される住宅の風呂、台所の流し、トイレ、銭湯のモザイク絵など、
全国から集めたモザイクタイルのミュージアムができ、
今日最も行ってみたいミュージアムのひとつになった。
皆さんも是非言ってみてください。
山を真っ二つに割った様なおもしろい建物。
ビックリです、オススメします。
公演終了後、少し町をブラブラ。
私は知らない町をブラブラが好きだ。
「アレ、ヤッテルカナ〜。」近くまで行って中が明るい、
「アーヤッテルンダ〜」となる喫茶店。
時間がないので入るのはやめたが「コーヒーごはん」と大書された食堂、気になる。
(コーヒーごはんってなんだろう、なんの説明もない。ここ笠原では当たり前のごはんなのか。)
次来る時は是非味わいたい。
店のアピール度が少ない。
皆知ってるので宣伝など意味ないのだろう。
「ノンキな町」好きだなあ。と話しながらの帰り道。
と?あれ、さっき来る時は「エリ」という喫茶店だったのに、
帰る時は「リカ」になっている。
??
ミステリ発生。
よく調べた結果わかった。
本当の店名は「エリカ」である事。
3文字のうち一番左側の看板が一個取れてなくなっている事。
たぶん、どちらから見ても、エ・リ・カと読める様作られたものが、
今では同じ喫茶店でも来る方向によって違う名の喫茶店になる「ミステリーカフェ」となっているのだ。
取れた箇所を見るとだいぶ前に取れたものと思われる。
ナントおおらかな。
小さいことにこだわらない懐の深さに驚かされる。
思わずほっぺたが緩む。
仲良くなりたい町だな。
また呼んでくれるとイイな。
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「寒の戻り」なんて言葉、普段使わないがそんな言葉がぴったり。
イヤな言葉ではない。
すぐ先の春が手の届く事を疑わない心の余裕言わせるのだ。
「そう簡単にゆるんじゃダメだぞ、まだまだ。」と頬を緩めて厳しい口元。
先の明るいワクワク感、春を寿ぐ言葉なのだ。
ここ数日庭先で異変が起きている。
めったに来ないハトが来る。
しかも菜っ葉や何かエサになりそうなものをついばむわけでもない。
ナツメの木の先っぽ極細の小枝、春になれば全部落ちてしまう松葉くらいの枯れ枝をくわえて、
くいっと首をひねり、もぎ取りついっと飛び去る。
しばらくすると又来る。
何度も繰り返す。
近くで巣を作るつもりらしい。
芽吹きや、蕾のふくらみではなく、ハトの巣作りで春先を感じることができる。
少し感動した。
話はこれで終わらない。
一週間前、ハトがいつものように小枝をくわえ、ベランダの手すりをピョンピョン飛んで、
飛び立つだろうなと思ったら、ピタッと止まったなり動かない。
「あれっ…」
一分。
「ワカッタ。」
道路を挟んだ向かいのビル、屋上の手すりにカラスが一匹、止まったまま動かない。
こちらをうかがうかのよう。
「ウウン、ナンダコレ。」
両者そのまま。
時間が止まる。
私も止まる。
ずいぶん長く息を忘れている。
やがてカラスが何事もなかったかのようにピューとどこかへ、
ハトもしばらくして飛び去る。
止まったままの私も「ホッ。」息を吐く。
そーか。
随分前この庭で沈丁花の木の上にハトが巣を作り、
その巣の卵をカラスが食べたことがあった。
そーなんだ。
巣は愛し合う「2匹の愛の巣」なんだ。
だから巣作りをカラスに知られたら、その巣のありかを知られたら、
それは卵を食べられちゃうことなんだ。
あの2匹のじっとしてたあの「間」はまさに生死をかけた「間」だったのだ。
スゴイものを見たぞ!
あのハトはどれ位止まっている事ができるんだろう。
私だったらどれ位…。
うーん、時間の長さではなく、どれ位深く止まることができるんだろ。
どれくらいあのハトの様に止まることができるんだろう。
急に「役者、原智彦」が小さく見えました。
「まだまだ演る事いっぱいだぞ」
まだまだの自分に出会えました。
ハト、ありがとう。
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若いうちは冬は寒いものと余り気にもしなかったが、年をとると骨身にこたえる。
特に朝は冷たい。
冷たいが、今年の冬の朝は少し楽しい。
その朝の事を書こう。
朝起きると犬のフンを庭に埋める。
庭を丁寧に掃く。
ハーブを摘む。
メダカの鉢を覗く。
メダカは直径60cm位の鉢に4つ。
1鉢に10〜15匹位。
増えたり減ったり。
春になると1mmに満たない点みたいな赤ちゃんメダカが、
スッスッスッとせわしなく動くのがわかる。
その前にお母さんメダカのお腹が膨れるので「もうすぐだな。」とわかる。
半年くらいで1cm。
3cmの成人になるのは1年位かかる。
途中食べられたりして減る。
死んでゆくのと新しく生まれてくるので大体バランスがとれているようだ。
60cmの鉢の中には水草2種、巻き貝1種、それにメダカ。
エサは日に1回バラバラとひとつまみ。
冬、水草に隠れて姿を出さない寒さの時はエサなし。
水は替えない、補充のみ。
水は結構きれい。
私は飲まないが犬は飲む。
私の思う所、貝が町の粉塵が積もったヘドロを食べ、フンは水草の肥やしに。
結構60cmの小宇宙はうまく循環している様だ。
メダカは「強いな。」と思う。
「エライな。」と思う。
実にシンプルに「小ちゃな世界で、やりくり」してる。
庭の営みが終わると、部屋の中で30〜45分原式スリスリストレッチをタラタラ行う。
最近は脱力100%でなく、胸とお尻の筋力アップを少し加味してる。
一年程続けて身体の動きがどうなるか試している。
庭とストレッチで1時間。
それから完全冬支度で庭に出て、コーヒーをゆっくり飲む。
30分。
メモ帳を横に、この30分が意外とイイ。
部屋の外、特に冬なので冷たい。
この冷たさが、先のメダカではないが、
人間以外の世界に身を置く事を私の身体に意識させる。
気がおおらかになる。
人間が小ちゃくなる。
庭の草木が、空飛ぶカラスが、雨が、雪が、暖かい太陽の光が、
話しかけてくるようだ。
今抱えている様々な問題点を、
人間レベルでなくメダカレベルの発想で考える。
大したことがなんでもナイ事に思える。
朝日がダイコンの葉を透き通り、燃えるような緑に「うん、よしっ。」と心が沸き立つ。
最近のお気に入りの色だ。
昨日の朝、空のカラスがやけに騒がしい。
アチコチから20羽位、乱れ飛ぶ。
ナニか取り合うのか、ナニか訴えるのか、罵るのか、
上へ下へ右へ左へ空を舞う。
目の先を超低空飛行。
きれいだ。
「カラスのダンス」だ。
30秒ほど。
本当は5秒だったかもしれない。
白味がかった青い空に黒のカラスが舞う。
写す暇はない。
脳内スクリーンの映像をさっそく脇のメモ帳に写す。
意外とうまく描けた。
しかし今日はカラスが庭のダイコンの葉を食べてたな。
一本一本丁寧に茎だけ残して。
「お前、本当はその茎がウマイのだぞ。」と教えたらんといかんな。
]]>イノシシだ。
突然ガサガサっと2匹。
芝居に使う衣装や道具を置いてある私の山の家へ荷物を取りに来た。
一人だし、寒いしで、さっと荷物を車に積んで帰るばかりにして、
ノンビリあったかい冬の陽にまみれていた昨日の事。
「お、イノシシだ。」
ベランダから少し離れた、かつて段々畑だった所を、
確たる足取りでゆっくりと、とつとつと横切ってゆく。
山に来るようになって20年くらい経つが、初めて間近での対面。
「ようやく会えた。」
一瞬時が止まる。
20年来の切ない想いが胸の内を流れゆく。
貴方(イノシシ)の居ることは分かっていてもその姿は中々拝見できず。
「山イモ」を掘り出したであろう乱暴な穴ボコの数々。
「タケノコ」を押し倒し折れ口をかじるだけの贅沢な食べ方に呆れ、
類類と横たわる多くの無残な姿とまだ暖かい糞の山に、
「あ〜やられた、一足遅かった〜。」と嘆いたり、
夜の繁みの荒々しい鼻息。
ガサガサと逃げ去る音。
…嗚呼…
残り香というか、気配ばかりの思わせ者と言うか、
近くて遠い貴方にこうしてようやく会えたのだ。
嬉しさに、「オイ、これ食え。」とほうばっていた握り飯を投げようと思ったがやめた。
逃げられたらやばい。
見つかっても照れる。
やがて土手の上の方へ消えたと思ったら、
少したってドッドッドッ、2匹が大慌てで走り去った。
土手の上には私の車が止めてある。
それにこの地区は、数年おきに禁猟区でなくなり、地元の猟師達の人気スポットで、
私の山の家の前にも軽トラで来て狩りの作戦を立てていた事もある所だ。
たぶんそれに遭遇して、
「やばい!人だ!」「撃たれる!」「貴方(もしくはお前)逃げよ!」と、
元来た方へ逃げ去ったに違いない。
芝居の一場面のよう、たぶん私の口は半分開いていただろう。
リアルな名演技。
彼らは私の存在は知らない。
故に、客の目は意識していない。
「うーん、自然体。」
お腹の中の芸の虫がつぶやく。
登場してから消え去るまでの彼等の様は私の脳内スクリーンに動画で残った。
たしか来る時、先の一匹は迷いなくタッタッタッと一点へ向かうがごとく、
ちょっと間を置いてもう一匹がガサ、ガサ、ガサ、と首を少し振りながら窺う様に。
探しものがある様だったな…。
去る時は2人じゃない2匹は身体寄せ合う様だったな…。
あの2匹どんな関係なんだろう、親子か、夫婦か、友人か…。
だとしたら逃げ去る場面の音は…。
例えば弥次さん喜多さんみたいな極楽トンボみたいな2匹だったら「津軽三味線」みたいな息せき切って転げる音か。
例えば道ならぬ恋の2匹だったらオレは断然「天城越え」だな…。
なんて馬鹿な妄想タイム。
この20年の間に、カモシカ、アライグマ、ウサギ、リス、キジには会えた。
イノシシは川原で拾った頭蓋骨だけだったのでやっと会えてウレシイ。
ウレシイ「お山へ荷物取りに参る」でした。
今年の前半、3ヶ所で公演する「姥捨」作品作りの足しにします。
山のイノシシ君、ありがとう。
追記
今回の名場面は写真ではなく現場ですぐスケッチで残したので、
ハズカシイけど披露します。
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前のときはスーパー一座時代、2000年12月「師走歌舞伎」の真っ最中、
昼夜2回公演、昼頃から常ならぬ体調。
自分が自分でない感じ。
頼りない身体の軸。
夜公演が終わって近所の医者へ。
「あかんわ、原さん。肺炎になりかかっとる。」
即入院点滴。
3日間病院のベッドから向かいの大須演芸場へ「通演」。
出し物は「自雷也豪傑物語」。
ガマの妖術を使った痛快な大活劇。
私は主役の自雷也。
劇中4人の女性に言い寄られるイイ男。
もちろん顔は白塗り。
「通演中」いつもの顔で演ったら演出の岩田さんから、
「原、顔、青っぽいぞ。」と一言。
いつもと一緒なのに血の気の失せた青白さが化粧の上まで透けているのかと妙に感心。
常より多めに砥粉を入れた。
以後亡霊のメイクは下地にドーランで青のぼかしを入れ、
上へ白のおしろいを塗り、顔の奥より青みが滲み出てより凄みが増した。
風邪をひいて得した思い出。
これ以前風邪の記憶はない私にとって今回は貴重な体験だった。
風邪かな、と思って2日、
ひいたな、と思って4日、
終わりかな、と思って2日。
合わせて8日、「常ならぬ体調」が続いた。
で、この「常ならぬ体調」とはなんぞやと言うと、
「芯がない」(身体がカステラスポンジ状態)。
17年ぶりに熱を計ろうとしたら体温計がない。
で買ってきて計ると熱は大したことないけど、何か変。
右と左の脇で0.5度も違う。
あれ、そんなに?と計り直す。
今度は最初と違う。
あれ、おっかしいな、とどんどん計る。
毎回0.2〜0.7度くらい違う。
プチ立腹しながら説明書を読む。
また字が細かい。
目を細めながら読む。
正確な体温を計るには本当は10分かかる。
でも15秒計れば9分45秒で上がる分は予測出来るので、サバ読んで報告します。
という事らしい。
いくら早くてもこれでは患者を不安にさせるだけではないか。
うーん、困ったものだ。
世の中どんどん「新しい物はイイ物だ」信仰が幅を利かせて、
より安くより早くより便利にと物が溢れている。
多すぎて選べなくなっている。
結果ニセ物とニセ情報の氾濫、そしてエセ人間の大量発生。
疲れる世の中だ。
…素人に必要なのは大体の体温でいいのに、ナニをそんなに頑張って新商品を開発しているのか私にはわからない。…
私は古くなったものを買い換える時、デジタルよりアナログ。
手触り、肌触り、目ざわり、聞きざわり出来るものに変えよう。
疲れるものはやめようと思っている。
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場所もテーマも別に。
「HAIKAI」とは「俳諧」と「徘徊」をかけ合わせている。
いつでもどこでも一瞬にして辺りの風景に入り込む。
具体的には、超ユックリ歩行、行為を行う。
20年前、友人の展覧会で、
「展覧会の客」という私にしてはちょっと思わせぶりな辛気臭いパフォーマンスを行ったのが始まり。
「何か音があった方がイイかな。」ってかけたのが映画「ベルリン天使の詩」のサントラ盤。
このトムウェイツの音がモノスゴク良かったので、
モノスゴイ体験をした。
ートリップしちゃった=入り込んじゃったー
何に入りこんだかと問われても明確に答えられない。
あえて言えば「同化」。
いい作品に会うと自然に身体が動き出す。
身体が喜んでいる実感。
喜んでいるので疲れない。
いい作品や音楽に会うと60分位はいける。
入口から入って会場を一巡りして去る。
ナニも決めない。
ナメクジになった様に会場をゆっくり移動。
一点一点作品を舐める様に味わって去っていく。
5年間程「展覧会の客」スタイルの「HAIKAI」シリーズの後、
ゆるやかに天下御免、神出鬼没、勝手自在の今の「HAIKAI」に至る。
A男 今日のケイコ どうだった ちがった
B男 うん 初めてだったけどなんかめくれたつうか そんな感じ
なんだろうね ちがったな いつもと
車の音や人の声 町が吐き出す音がさ メチャ耳に入ってくるの
あれ いつもこんな音聞いとるのかなー って感じ
それがメチャおもしろいし
A男 あー俺言っていい 昨日さ 原さんの抜きゲイコの時
お前やりたいことやれよ やりたいことって言われた時
ずーっと最中考えて ずーっとやりたいことってなんだ
結局ないんじゃないかって 自分惨めじゃん 音なんか入らんかったわ
B男 メッチャ入ったわ 車の音で車の気持ちがわかるんだわ
そのうち 見えん信号まで見えてくるんだて おっそろしいだろ
タイヤの軋む音が他人事でなくなってくるだて いっかんなー
A男 ……
もし「HAIKAI」の場面が芝居の中で使われたら、
ケイコ後のセリフはこんなかもしれない。
只今この100人「HAIKAI」出演者募集中。
誰でも出来る簡単明瞭しかし奥が深い。
まずは説明会へお越しください。
■パフォーマンス日程■
vol.1 5月某日 豊田市 橋の下世界音楽祭 【ナミエ(仮)】
vol.2 10月1日 名古屋市内 【エエジャナイカ】
■説明会■
豊田:2月8日(水) 19:00〜21:00
橋ノ下舎 <豊田市西町2-8 コンテンツニシマチ2F>
名古屋:2月17日(金) 19:00〜21:00
大須コミュニティーセンター 5F 大会議室 <名古屋市中区大須3丁目38-9>
*動きやすい服装でお越しください。
*説明会に来られない方は、下記お問合わせ先にご連絡ください。
■応募資格■
説明会の話および、プチ体験して、おもしろそうだったらどなたでも参加できます。
誰でもでき、簡単明瞭。しかし奥が深い。
参加するかどうかは「説明会」を聞いてから決めてください。それでも迷う方は、ワークショップに参加してからでも結構です。
経験不問・予約も不要。まずは「説明会」へお越しください。
「ケイコの仕方」
週1回×3ヶ月
脱力体操→股割り→スリ足→HAIKAI<魂の歩行>
体力をつけることより、体の力をヌクことを大事にします。
演劇・ダンス・パフォーマンス、初めての方大歓迎です。
日本の伝統、歌舞伎歴40年の原智彦が直接マンツーマンで接します。
■お問合わせ■
080-4229-4424
yoyaku_haraproject@yahoo.co.jp
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マンション住まいだけど小っちゃな庭がある。
果樹と野菜が主。
年間収量はけっこうある。
イチジク、カキ、ユズ、キンカン、ナツメ、ユスラ、フィージョア(南国の癖になる味の不思議な果物)。
葉っぱ色々、キュウリ、ダイコン、ミニトマト、ピーマン、ナス、十六ササゲ、エンドウマメ系等。
特にキュウリ、十六ササゲ、ナツメは大量に採れるので半分は近所におすそわけ。
十五坪程だが思いのほか採れる。
ネギ、シソ、ハーブ等は薬味としてありがたい。
今はダイコン、青菜。ユズ、キンカンは終わりがけ。
私は山の生まれなので、土や草木に馴染みが深い。
ここ一年、芝居づくりにかつてなく専念したのでその反動か、庭にいる時間が長い。
ぼーっと気が休まる。
どだい絵を書いたり芝居やったり、文化芸術なんてものは変態の行為であるから、
「気」を普通に戻すひとときがいるだろう。
そんな庭に朝の一時、鳥がよく来る。
大須の町を上空より眺めて暮らす彼らからすると、
私の小さな庭は餌場として上位にあるらしくよく飛来する。
カラス、ヒヨドリ、メジロ、スズメみたいな鳥。
以上4種、たまにハト。
体外ペアで片方が先に来てしばらくチュンチュンカアカアした後にもう一匹が来る。
しばらくチュンチュン飛び回って(視察して)どこかに飛び去る時もあれば、
食事をしだすときもある。
何を基準に「いただきます」するのかよく分からぬ。
イチジクの場合、「あーそろそろだな、もう一日置くか」、
で翌朝、「あ〜やられた」となる。
よく食べごろが分かるなと感心する。
イチジクをついばむのはヒヨドリ。
歯型というかくちばし型で分かる。
一個丸ごとは食べない10分の1位ちょっちょとついばんである。
私は残りを食べる。
キンカンもほんのたまにつつき跡。
ところが一週間ほど前、やにわに全量の半分位がやられた。
廻りに種が飛散している。
どうやらカラスだ。
「ええい、にっくきカラスめ。」
カラスはでかい。
羽を広げると90cm位はある。
でっかいくちばしから種をプップップと所構わず吐き散らしている姿を思い浮かべると、
愛すべく悪役の歌舞伎役者、
濡れた黒羽織の似合う「定九郎」の様でいいなと思う。
が、私はすぐさま残りのキンカン、黄色いものを全部摘み取った。
残したのは「これは苦いぞ。」と思える青いもの5個。
何もこうまでしなくても、とさもしい私の心根が恥ずかしい。
寒い冬の一時だけ、こんな町の一角でも大自然の生命のやりとりが垣間見れる。
メジロがツバキ、サザンカの花びらを食べ散らかす。
ハラハラと散る赤い花びら、緑のメジロとダンス踊る様。
いいなとうなる。
少し前、寒い日が続き2日ほど雪が舞った。
雪の積もった庭でお茶をすすりながら雪の舞うのをじっと眺めていた。
町は昼なのにシーンとしている。
ビルの隙間を吹き抜ける雪。
上へ下へ意思があるのか雪の舞、雪のダンス。
随分長く庭にいたのに手は冷たくなかった。
今年、私の一番の芝居「姥捨」を数か所で行う。
二年前に演ったばかりだ。
なのに今また「ババ」を演じる。
何が私を突き動かすのか。
何かが無くなり何かが生まれる。
雪の舞がナニか私に囁いてくれたようだ。
最近町の小っちゃな庭にいる時間は長い。
気づかなかった美しいものをいっぱい見せてくれる。
4度目の「姥捨」再再々演。
今度はナニが見えるのだろう。
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