日々是々日記 原智彦の「手前味噌」

お芝居のこと、お祭りのこと、大須のこと、日々思う事をポツリポツリと書かせていただきます。
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[120]5回目の東北
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    東北の大地震から5年目。
    今年も宮城県牡鹿半島富貴浦の皆さんへ芝居を届けることができた。
    5回目ともなると15時間の車の旅も体が慣れるのか、それほどキツくない。
    給油、運転手交代、食事のとり方などの案配も楽に進む。
    中央道で愛知、岐阜、長野、群馬、栃木、福島、宮城と7つの県をまたぐ。
    途中、中央アルプス、南アルプスの雄大な山脈の間を抜け、
    群馬あたりは巨龍の背みたいに盛り上がったコブコブ山脈を左右にキョロキョロし、
    やがてノンビリ緩やか、空が広い山並みの東北に入る。
    仙台の南、海のそばの仙台東部道路を北上する。
    震災の時、この高速道路が一時的に防波堤の役目を果たし、
    西側では比較的少ない被害で済んだ。

    2011年6月、初めてこの地を訪れた時、
    最初に被災の有様を目にしたのが、この高速道路の上からだ。
    一面何もなく、家も畑も道さえ分からぬ泥とガレキの原に、
    たくさんのユンボだけが忙しく動きまわっていた。
    その光景は草原の草を食むキリンの群れを思い起こさせた。
    ウ…。
    しばらく声が出せない。
    浮かんだ言葉は「無慈悲」。
    時として大自然は明日の糧となる緑の草を与え、
    また時として昨日までの糧をひとさらいに無くし泥を被す。
    なんと無常な。
    黙々と首を振り続けるユンボのキリンたち、何を食むのか。

    次に訪れた奥松島では、津波に村ごと消えた跡地にヒマワリが一本。
    青い空に咲いていた。
    あの力強い黄色は何なのだ。
    ホッとした。
    力をもらった。
    私はあのヒマワリの様に踊りたいと思った。

    その年の秋、再び訪れ、いくつかのガレキの中で踊った。
    その時深く関わってくれたのが福貴浦の皆さんだった。
    以来秋には私達の芝居や音楽で楽しい一日を過ごす事が始まった。
    そして、5年経つ。

    今年は昨年とは大きく変わっている。
    半島の道で波に持っていかれた所は盛り土をして、
    仮の道路だったのがほぼ完全に舗装され信号もついた。

     

    港も岸壁が海に沈んで船が接岸できなかったのに完全に出来上がり、
    牡蠣とワカメの処理工場も出来上がっていた。




    仮設住宅も自宅の建った人の所から空いていく。
    福貴浦の人達も高台に整地工事が始まり来年から住居が建てられるようだ。
    近いうちに仮設住宅もなくなる。
    仮設とは言っても昔どこにでもあった長屋と同じで、
    多少の不具合はあっても突然の困難に遭った者同士、
    気楽に声を掛け合い心の励みにもなったであろうに。
    話していると少し寂しげな人もいる。
    なんにしても、日々の移り変わりは早い。
    新しい岸壁には牡蠣がびっしりつき、揺れる海藻も魚の影も見える。
    白々しいコンクリートも直ぐに海色に染まるだろう。

    仙台、松島、石巻、牡鹿半島…
    道路端のキリンたちもほとんど姿を見なくなり、
    夜は明るくネオンも輝き始めた。
    これからはもっと早く変わっていくだろう。
    港も完備から本来の海の仕事ができる。
    普通の生活が一刻も早くできる事を祈るばかりだ。

    追記ー毎回遭遇していた鹿に今回は一頭も会えなかった。少しさみしい。
    | hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 05:54 | comments(0) | - | - |









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