日々是々日記 原智彦の「手前味噌」

お芝居のこと、お祭りのこと、大須のこと、日々思う事をポツリポツリと書かせていただきます。
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[118]足助今昔
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    大好きなジャカルタパンクバンド「マージナル」(「姥捨・春夏秋冬」の音楽として3曲使った)。
    そのバンドのマイク(Vo,g)とボブ(ウクレレ)の二人バンド「マジック」のライブへ、
    奥三河「足助」へ向かう。
    彼らは北海道から九州までのツアー途中だ。
    山間の古い町「足助」は古くから信州へ塩を運ぶ街道の中継宿場町として栄えてきた。
    物資に限らず心の部分(例えば絵師、門付芸人、浮世絵を始めとする出版物、風俗の流行り廃りなど)の情報も又、
    行き交う要であったろう。
    今でも古い面影が残っている町並み。
    真ん中流れる巴川。
    ことさら古さを「売り」にするでもないゆるい趣が私は好きだ。

    そんな足助と私は長いお付き合いがある。
    私は40年近く歌舞伎芝居をやっているが、
    ここ三河地方は「歌舞伎は見るものでなくやるものだった。」らしい。
    どの村にも芝居の舞台がある。
    足助だけでも20弱、豊田市だと80ヶ所、愛知・岐阜・長野合わせて約300ヶ所、
    全国で700ヶ所とびっくりするほどある。
    わけても三河は密度が濃い。
    「三河の団十郎」と言う言葉があるくらい。
    生活の中でのむら芝居の競い合いは大変な人気だったのだろう。

    1983年頃、そんな場の力に引かれたかひょっとした事から足助の奥、怒田沢という小さな集落で公演を行った。
    宝栄座と廻り舞台、スッポン、花道もある立派な歌舞伎小屋である。
    戦後何十年も使われていなかった舞台の掃除は大変だったが、大道具、襖絵などみな使えた。
    楽屋は囲炉裏、かまどがあり昔のままだった。
    そんな舞台に大興奮して大ハッスルしたおかげか、
    はたまた芝居の神様が降臨したのか、大盛況大入りだった。
    それが縁で村の人達も長らく休止していた芝居を始めたし、
    私達スーパー一座の歌舞伎教室研究生の卒業公演も毎年行うようになった。
    村の小学校も学芸会には「白波五人男」をやるようになった。
    足助の古い資料の中にあった、足助城主を主人公にした浄瑠璃台本を元に、
    中学生に振り付けをして地元オリジナル作品を作ったりと、
    15年位は毎年何度も通った、本当に縁の深い足助なのです。

    又、怒田沢の山上にある平勝寺の「綾渡の夜念仏」はとてもいい。
    闇の中、念仏と唄だけ、ザッザッザッと下駄の足音のみ。
    先頭のお盆提灯の光がユラリユラリ、私の大好物のひとつである。

    久しぶりに足助で若い頃の想いにふけるうち、「アルコド」と「マジック」のライブが始まる。
    会場は鍛冶屋さんの2階、トッッテントッテン昼は鎌、鍬、作り。
    夜は音にまみれてビール片手にユラユラか。
    町にはないぞ、こういうズンドコしちゃう所。
    田舎にも関わらず50名ほどの客でいっぱい。
    マジックの力強くも優しい革命の唄が気持ちよく染みわたる。
    かつて幾度、南洋からのものや心が海を越え、三河湾を経てここまで辿り着いたことか。

    今夜もその幾度目かのパーティーの時なんだなー。
    | hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 20:29 | comments(0) | - | - |









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