2015.07.25 Saturday
[113]祭文亭
南アルプス明石岳の懐深く抱かれた小さな村にある、
築140年、囲炉裏の煤で黒く古びた太い柱に包まれた、
寒期の冬に暖かそうなドッシリした古民家「祭文亭」。
イギリス人、サイモン・ピゴットさんのお宅だ。
彼は5年前、名古屋で公演した「姥捨」を見に来てくれた。
私も若い頃ロンドンで一ヶ月公演をした事もあり、
日本の歌舞伎、能、シェイクスピアなど、芝居の話をたくさんした楽しい思い出のある人だ。
そんな彼から今年の2月突然連絡があり、大須まで訪ねてきた。
小雨降る中、うどん屋でうどんをすすりながら話をした。
イギリスで中学生の頃に見た映画の日本の風景に惚れ込み、
21歳より日本で暮らし始め、20年前より大鹿村に居を構える。
私と同じ「爺」と呼ばれる部類に突入し、そろそろラストパフォーマンスかと、
一念発起、ナニかやりたいとの話。
「OK!」暖かくなったらまずはサイモン亭へ行く事を約束する。
そして5月、新緑の頃に訪れる。
車道から5分ほど山の急坂を登ったところ。
案内されて家の内、外を見て思った。
サイモン少年夢の国「日本」とは、ここ「祭文亭」にあるんだな、と。
人の居なくなった古家を自身の手で20年かけ、
息を吹き込み、蘇らせた気持ちがミシミシと伝わってくる。
スゴイナ、ステキダナ、と思う。
夜、闇の中で工事用ライトに照らされた木々の緑、土蔵の佇まい、キレイだ。
小ちゃな庭先の舞台を想定しながらストーブ横での語らい。
大鹿村といえば江戸時代から続く地歌舞伎の盛んなところだ。
私も30年前から3回ほど観に来ている。
オモシロイ型が色々あってウレシカッタな。
名古屋公演に引き続き、7月初め「姥捨」大鹿バージョンを演ること決定!
屋外での一番の問題は天気である。
当日、7月4日5日はどちらと言えない天気。
インターネットの刻々と変わる情報を頼りにそわそわ。
当日昼、舞台まで作った中庭をあきらめ屋内でやる事とする。
昔の家は良くしたもので、襖を外せばすぐ大広間、30畳ほどの舞台と客席。
庭先の竹を切り取り、家の中に竹林のセット完成。
幻想的な異空間での「姥捨」。
雨にもかかわらず満席の人。
終演後は楽しい宴。
笑顔と語り、屈託のない人たち。
喜んでくれてアリガトウ。
泣いてくれてアリガトウ。
芝居やっててよかったなーと思う時でもありました。
公演当日が私の誕生日。
69歳オメデトウと祝っていただきアリガトウ。
それにしてもこの年で寝袋ゴロ寝二晩は少し辛くなってきたぞ。
イカン、イカン、少しは歳のこと考えなくては。
なんて人知れず思ったりもしました。
この村には世捨て人というか気ままな人達も多く、
70年代全員集合みたいなだったな。
「内田ボブ」がアカペラで唄ってくれた「青い山脈」ヨカッタな。
はちきれる若さいっぱいの唄のはずなのに、
彼が唄うと枯野を吹き抜ける砂の味がした。
長く唄っていると本物になるんだな、イイ唄だったな。
たぶん祭文亭にはもう一度来るだろうナ。
庭に作った「舞台開き」まだしてないからナ。
その時は大好きになったボブに「月の砂漠」所望しようかナ。
築140年、囲炉裏の煤で黒く古びた太い柱に包まれた、
寒期の冬に暖かそうなドッシリした古民家「祭文亭」。
イギリス人、サイモン・ピゴットさんのお宅だ。
彼は5年前、名古屋で公演した「姥捨」を見に来てくれた。
私も若い頃ロンドンで一ヶ月公演をした事もあり、
日本の歌舞伎、能、シェイクスピアなど、芝居の話をたくさんした楽しい思い出のある人だ。
そんな彼から今年の2月突然連絡があり、大須まで訪ねてきた。
小雨降る中、うどん屋でうどんをすすりながら話をした。
イギリスで中学生の頃に見た映画の日本の風景に惚れ込み、
21歳より日本で暮らし始め、20年前より大鹿村に居を構える。
私と同じ「爺」と呼ばれる部類に突入し、そろそろラストパフォーマンスかと、
一念発起、ナニかやりたいとの話。
「OK!」暖かくなったらまずはサイモン亭へ行く事を約束する。
そして5月、新緑の頃に訪れる。
車道から5分ほど山の急坂を登ったところ。
案内されて家の内、外を見て思った。
サイモン少年夢の国「日本」とは、ここ「祭文亭」にあるんだな、と。
人の居なくなった古家を自身の手で20年かけ、
息を吹き込み、蘇らせた気持ちがミシミシと伝わってくる。
スゴイナ、ステキダナ、と思う。
夜、闇の中で工事用ライトに照らされた木々の緑、土蔵の佇まい、キレイだ。
小ちゃな庭先の舞台を想定しながらストーブ横での語らい。
大鹿村といえば江戸時代から続く地歌舞伎の盛んなところだ。
私も30年前から3回ほど観に来ている。
オモシロイ型が色々あってウレシカッタな。
名古屋公演に引き続き、7月初め「姥捨」大鹿バージョンを演ること決定!
屋外での一番の問題は天気である。
当日、7月4日5日はどちらと言えない天気。
インターネットの刻々と変わる情報を頼りにそわそわ。
当日昼、舞台まで作った中庭をあきらめ屋内でやる事とする。
昔の家は良くしたもので、襖を外せばすぐ大広間、30畳ほどの舞台と客席。
庭先の竹を切り取り、家の中に竹林のセット完成。
幻想的な異空間での「姥捨」。
雨にもかかわらず満席の人。
終演後は楽しい宴。
笑顔と語り、屈託のない人たち。
喜んでくれてアリガトウ。
泣いてくれてアリガトウ。
芝居やっててよかったなーと思う時でもありました。
公演当日が私の誕生日。
69歳オメデトウと祝っていただきアリガトウ。
それにしてもこの年で寝袋ゴロ寝二晩は少し辛くなってきたぞ。
イカン、イカン、少しは歳のこと考えなくては。
なんて人知れず思ったりもしました。
この村には世捨て人というか気ままな人達も多く、
70年代全員集合みたいなだったな。
「内田ボブ」がアカペラで唄ってくれた「青い山脈」ヨカッタな。
はちきれる若さいっぱいの唄のはずなのに、
彼が唄うと枯野を吹き抜ける砂の味がした。
長く唄っていると本物になるんだな、イイ唄だったな。
たぶん祭文亭にはもう一度来るだろうナ。
庭に作った「舞台開き」まだしてないからナ。
その時は大好きになったボブに「月の砂漠」所望しようかナ。