2013.05.06 Monday
【22】大須の町が好き
大須の町が好きで移り住んで40年、
今は繁華な町でにぎやかであるが、
当時はガランとしたもの静かなおしとやかな町であった。
今大須は「日本で一番にぎやかな商店街」と見られているが、
それは土日とか祭りのある日の昼の話で、
そうでない日、平日や午前中と夜などは、
のどかな簡素な大人の顔を見せてくれる。
大須に住んで大須ファンの私の好きな所を少し書いてみようと思う。
と書いて一番に思い浮かぶのは、
うどん屋「生駒屋」(月曜休み)。
20席しかない小さな店。
私と同い年の御主人、この人も私と同じ頃に大須に移り住みお店を始めた。
モノスゴクなめらか、「つるつるつるっ」という音が似合う、
小股の切れ上がった粋な女の襟足を彷彿とさせる様なうどん。
味は薄味、亭主の打った分だけ売り、なくなると閉店。
メニューも40年変わっていない。
「うどん」を作って売るという仕事にふさわしい大きさのお店だな、と思う。
ムリなくムラなくムダのない自然体の構え。
「お見事!」と大向こうより声をかけたくなるお店である。
しかもこのお店「マスコミ取材お断り」との事。訳を訊くと、
「いくら沢山の人が来てもらっても、オラ一人の一日に作れる量は決まってる。
オラ、いつものなじみの人の食う分が無くなってしまったら申し訳ない。」
……こうなると、「イヨッ!ご立派!」と又声をかけたくなる。
そんなステキな彼の商いを支えているのは、
自分の作ったうどんのうまさに絶対の自信を持っている事なのだと思う。
だから40年前大須がガラガラの町だった頃からいつも満員の盛況だった。
しかも人気があるからといって店を大きくしたり増やそうともしない。
自分の腕でこねたうどんを自分の手で茹で上げ、
自分の舌で確かめたつゆで出す。
彼はうどん職人であり、ワザで商いをしているのだ。
そんな彼の「うどん」に実は大変お世話になった事がある。
1979年にロック歌舞伎「スーパー一座」を立ち上げ、
10周年1989年に「大須師走歌舞伎」を12月一ヶ月間大須演芸場で公演した時、
主役の助六がトンマな侍に頭からうどんをぶっかける場面があり、
普通は布で作ったヒモでうどんらしく見せるのだが、
我々は本物で演ろうと言う事になり、
生駒屋の御主人にお願いして毎回芝居の始まる直前に、
「生駒屋」の岡持ちに入った「うどん」をもらってきて、
芝居で使わせていただきました。もちろんタダで。
そこで我々はお礼と言ってはなんだが、
その舞台で威勢よく岡持ちを持ってきた若い衆が、
「生駒屋のまもるちゃんでぃ。」とタンカを切ったりしました。
御主人の名前が「まもる」だったんだね。
今でも元気にうどんを打っています。
私も月に1度位はフラッと引き寄せられちゃってます。
「ホントうまい」よ。
えっと、場所はそっと言っちゃいます。
仁王門通のうなぎの「やっこ」の角を南へずーっと行った所。
広い通りに出る前の右側にあります。
そばまで行かないと暖簾が見えないので遠くからはわかりません。
ネタが切れたらお終いですので、そこの所はまっ、宜しく。
こんな具合にチョコチョコ大須の事も書いてゆこうかな。