日々是々日記 原智彦の「手前味噌」

お芝居のこと、お祭りのこと、大須のこと、日々思う事をポツリポツリと書かせていただきます。
【150】6回目の戌年
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永らくのご無沙汰申し訳ありません。

やっとブログに向き合えました。

さすが昨年の公演回数9本はえらかった。

私の年間公演数の最多記録だ。

その忙しい中でも、毎日の朝の庭いじりと体操は欠かさなかった。

朝、目覚めると1〜2時間うつらうつら…。

ベッドの中で昨日のケイコの反省、今後の事など、

ポカリポカリと浮かんで来ることをメモ(しないと最近はすぐ忘れてしまう)。

書いて記録するとかでなく、ポッと浮かんだ思いつきを手で書くという動作が、

いつか具体化していく最初のセレモニーのような気がして結構マメにメモる。

 

ひと段落すると衣服改め庭へ出る。

寒気で空気がキレイそう。

掃除と草木の手入れ、30分程。

この後、私のオリジナル体操、30〜60分。

日によって長さ、内容は変える。

そして庭の草木を眺めてコーヒータイム。

 

1日のうちサイコーに「ボー」っとする時、

いちばんのご馳走は日々天気によって刻一刻と変わる草木の色合い。

日差しが斜めの朝、

葉を透き通る緑の明るさ。

…いちばん好き…

生命の美しさを文句なしに実感する。

そんな時、絶対いるのが麦ワラ帽子。

太陽の陽射しが視覚に入ると目がチカチカ、その生命の緑を味わいづらい。

帽子のひさしでガード。

今のは4年使っていい具合に風化してカッコイイ。

 

 

 

私は大好きなゴッホをいつか芝居にしたいと思っていて、

念願叶ったその折にはピッタリの「ゴッホの帽子」と名も付いているのだ。

4年間ほぼ毎日かぶったり取ったり、その度に前頭部の上端をひょいと右手でつかむ。

それでその部分が擦れて穴が空いている。

両サイドは作業の加減で擦れ落ちて無い。

右手側が多いのは、

手を伸ばしての作業(ナツメの実をもいだり、きゅうり、ささげなどの手入れ、収穫はかなり無理して右手を上へ伸ばす。)で、

ひさしに強く右腕が当たり擦れているのだなと思われる。

最近はこの帽子の形の変容がとても気になる。

じっと見ていると「毎日の事は恐ろしい、正直だ。真実、重みがあるな。」と感じる。

今年は私6回目の「戌年」。

老いを感じてから3年、朝の体操を欠かさない。

毎日の事は正直だ。

ほんの少しの心身の変化を教えてくれる。

芝居の演技とは、この帽子みたいに年を経て変化してゆく自分の心身に正直になれるか否か。

私の心身がどれくらい解放、自在に操れるかはこれからだ。

表現者として「楽しい盛り」が来ることを願う。

昨年を振り返り、改めて「全身全霊芝居」。

あの麦ワラ帽子同様、スレテコスレテ、無くなるまで続けたいと思います。

 

| hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 13:25 | comments(0) | - | - |
[149]あゝ秋日和
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久しぶりのブログ。

3ケ月ぶりだ。

今年は時間が早い。

ドンドン日が過ぎる。

 

3月、岐阜県笠原で「姥捨」。

4月、スペイン、「ダリ旅」。

5月、長野県大鹿村祭文亭、「HAIKAIと鳴神」。

6月、豊田市美術館西町会館、「姥捨」。

足助農村舞台宝榮座、「鳴神と姥捨」。

 

と公演が6本続き、

 

8月からは12月の七ツ寺共同スタジオ「ベニスの商人」公演に向けて、

出演者募集説明会、台本作りと並行して配役ワークショップ。

そして昨日(9月12日)「ベニスの商人」チラシ原稿完成、

台本第3版(ほぼ公演サイズ)完成。

秋の「HAIKAI」(10月1日名古屋市博物館)、

「大須大道町人祭り」(10月14日15日)の2本の内容と手配、ケイコ…。

脳内は9本の作品をこなすためにフル稼働。

その間に「よう働いたわ」といたわる間もあらばこそ…。

 

ハラプロジェクト以前、40年もの間(主にロック歌舞伎スーパー一座)共に創作活動をした、

岩田信市さんが8月6日亡くなった。

最後の一ケ月程は、ほぼ毎日彼の元を訪れ、

スーパー一座を閉じてからは本当に久しぶりに毎日顔を合わせる密な時だった。

 

何はともあれ、脳にスキマができた。

そして書かねばと思いつつ手がつかなかったブログの原稿に向かえるようになった。

秋日和のカラッとした今日。

久しぶりに朝早くカラスが庭で騒ぐ。

「ぬ、もしや」と思いつつ床を離れてまで見に行こうと思いつつ、

うつらうつらした後庭に出る。

「やられた。」

色ずんできた柿に穴、尖った嘴でつついた穴。

「さすが御町内さん、よく知ってる。夏の間まったくのご無沙汰だったのに。」である。

待てよ、ひょっとしたら秋の訪れを私に教えに来てくれたのかも知れぬ。

 

「お芝居てぇのはね、本数やればいいってもんじゃあないんだよ。

お前さん、時間かけてちゃんと丁寧に演ってるかい?

時の移ろい位は楽しめるようでなくっちゃね、ねお前さん。」

 

名前を付けてやろう、あのカラスに。

 

お千代さん、お雪さん、もも助…

 

なんでか芸者風の名前しか浮かんで来ない。

キリッと島田に結い上げた黒髪に同じく黒紗の着付けに羽織、黒塗りの下駄に赤い鼻緒姿のカラス。

脳にスキができると浮かぶはこのような事ばかり。

私はよほど心にスキがある人間なのか。

 

はっと気がつけば周りはすっかり秋。

庭には白い彼岸花、秋ナス、シソの花、ナツメの実、ハーブに花がつく。

 

自然は一時も休まぬ。

ナニも言わず呼吸している。

その泰然ぶりに比べて私と来たら、

「アーァ、この秋はハラプロ以外にもう一本名古屋能楽堂で、

20分ばかりの踊りを作って踊らなくてはならぬ。」

と少々アセリ気味の呼吸なのである。

…嗚呼。

 

| hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 11:22 | comments(0) | - | - |
[148]嗚呼メデタイな 橋の下
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あっという間の3週間。

「橋の下世界音楽祭」が終わってから次の公演、

豊田西町会館「姥捨」(6月30日〜7月2日)の準備に忙殺されて、

書くこといっぱいあるのにコンチクショウ。

やっと目鼻がついたので橋の下の事から描きます。

 

今年のハラプロはいつもの「コミック歌舞伎」と違って、

パフォーマンス「HAIKAI」。

俳句の「俳諧」と、アチコチする「徘徊」をかけ合わせてある。

誰でもデキル、シンプル極まりない。

基本は超ユックリの歩行。

一歩踏み出すのに全身で立ち向かう。

100m20分かける。

サルバトール・ダリの「溶けた時計」のごとく、

いつもの時間が途方もなく「ノビル」。

生きてきた自分の全時間くらい。

50の魂が浮遊し、キャベツを喰い合う「最後の晩餐」。

その日、急ごしらえの「HAIKAIバンド」も加わり即興の大宴会。

50の魂がぶつかり交じり合う。

「ウマクイッタ。」「オモシロカッタ。」

 

 

いろんなモノがいろんな人が「徘徊」浮遊し、

いろんな出会い、交じり合いが起こり、

世界を一瞬にして17音に凝縮させる「俳諧」のように…。

 

今年の「橋の下」はそんな事がアチコチで起こった。

青い空の下、風になびく草穂の様に。

自然に、気取らず、当たり前のように起こった。

私はその「当たり前」が好きだ。

私の好きなポップアート(ポピュラーアート)とはこの事なのだ。

私の辞書ではポップアートとは、

「平凡な事を楽しむ芸術」とある。

 

ー メデタイな 嗚呼メデタイな 橋の下 ー

 

つい、私には珍しく写真をたくさん写した。

 

 

 

 

 

| hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 13:02 | comments(0) | - | - |
[146]春らんまん
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    冬から夏へ…

    「サムー」から「アツー」へ。

     

    変わり目が春。

    目まぐるしく景色が変わる。

     

    庭の植物。

    一気に花開くボケ、雪柳、山吹、チューリップ、ユスラ、

    クリスマスローズ、ブルーベリー、ユズ、ラン。

    食用青菜の取り残しは黄色の小花をつける。

    イチジクは「無花果」の名の通り花は見えない、

    実の中の赤いつぶつぶの実が花のつぼみか。

    3cmくらいに膨らんだから、中で花は咲いているのかな。

     

     

     

    大須の桜。

    暖かい昼に、冷たい夜。

    そのせいか夜空に浮かぶ満開の桜ごしの月がスゴイ。

    冷え冷えとモノ言わぬ月、心に残る。

     

     

    一雨ごと、強い風の吹くごとに木々は芽吹き一日一日、

    日を増してキレイな黄緑が広がる。

    この黄緑、ほんと「目を洗われる」という言葉がふさわしい。

     

    三月冬の寒さが残り、残り少なくなった「エサ」を求めて、

    騒がしかった鳥達が四月になるとパッタリ来ない。

    外へ餌場が移ったのか。

    食べごろの青菜が黒い土を割って顔を出したのに。

    春の花が咲き始めたのに。

    と思っていたら、四月終わり頃やはり戻ってきました。

    イヤ、戻ってきたんではなく新しくやってきた。

    カラスとハトは大須在住らしいので戻ってきたが、

    メジロ、スズメらしきものは新顔だし、

    ヒヨドリみたいなのは頭がモヒカンのちょっとパンク、

    普通私がベランダに姿を現すだけで慌てて飛び立つのに、

    コイツは平気。

     

     

    2m先のブルーベリーの小さなスズランみたいな花をモーレツな勢いで喰いまくっている。

    二匹一緒、まず夫らしき方が飛来、喰い始める。

    後一匹は小屋の上で待機。

    喰い散らす勢いがスゴイので待ちきれず「コラ」とはっきり言わず、

    「ウッン」と音量は出さず気合だけはしっかり込めて足踏みもろとも発する。

    二匹同時に飛び立つ。

    初めて見た鳥だ。

    きっと渡り鳥に違いない。

    二匹羽を携えてたくましく世を渡るのだ。

    でもなるべく早くこの地は離れろ、と思ってしまう。

     

    ある朝ベランダのカーテンを開けると「サッ」と黒い影が走る。

    「カラスか」と庭へ出るとブルーベリーの白い花が木下一面に散乱。

    …。

    「無残やな、落下狼藉とはこの事よな。憎っきはカラス。」

    とちょっと口に出してみる。

    願わくばスズランみたいな花の中で結果だけは済んでいておくれ。

    そして夏には黒い宝石と言われる実を付けておくれ。

    と願う。

     

    年のせいである。

    朝、庭をながめて呟いたりしてるのは。

    今はそれがウレシイ。

    「喰う」という営みが間近に見えて。

    今年一年かけて4回行うパフォーマンス「HAIKAI」。

    喰う。

    ひたすら喰う。

    身体丸ごとで喰う。

     

    週二回「丸ごと喰うケイコ」を2月より続けている。

    だんだん味がし出した。

    この先が楽しみだ。

    | hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 09:45 | comments(0) | - | - |
    [139]17年ぶりの風邪
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      ビックリ、17年ぶりに「風邪」ひいた。

      前のときはスーパー一座時代、2000年12月「師走歌舞伎」の真っ最中、

      昼夜2回公演、昼頃から常ならぬ体調。

      自分が自分でない感じ。

      頼りない身体の軸。

      夜公演が終わって近所の医者へ。

      「あかんわ、原さん。肺炎になりかかっとる。」

      即入院点滴。

      3日間病院のベッドから向かいの大須演芸場へ「通演」。

      出し物は「自雷也豪傑物語」。

      ガマの妖術を使った痛快な大活劇。

      私は主役の自雷也。

      劇中4人の女性に言い寄られるイイ男。

      もちろん顔は白塗り。

      「通演中」いつもの顔で演ったら演出の岩田さんから、

      「原、顔、青っぽいぞ。」と一言。

      いつもと一緒なのに血の気の失せた青白さが化粧の上まで透けているのかと妙に感心。

      常より多めに砥粉を入れた。

      以後亡霊のメイクは下地にドーランで青のぼかしを入れ、

      上へ白のおしろいを塗り、顔の奥より青みが滲み出てより凄みが増した。

      風邪をひいて得した思い出。

       

      これ以前風邪の記憶はない私にとって今回は貴重な体験だった。

      風邪かな、と思って2日、

      ひいたな、と思って4日、

      終わりかな、と思って2日。

      合わせて8日、「常ならぬ体調」が続いた。

      で、この「常ならぬ体調」とはなんぞやと言うと、

      「芯がない」(身体がカステラスポンジ状態)。

       

      17年ぶりに熱を計ろうとしたら体温計がない。

      で買ってきて計ると熱は大したことないけど、何か変。

      右と左の脇で0.5度も違う。

      あれ、そんなに?と計り直す。

      今度は最初と違う。

      あれ、おっかしいな、とどんどん計る。

      毎回0.2〜0.7度くらい違う。

      プチ立腹しながら説明書を読む。

      また字が細かい。

      目を細めながら読む。

       

      正確な体温を計るには本当は10分かかる。

      でも15秒計れば9分45秒で上がる分は予測出来るので、サバ読んで報告します。

       

      という事らしい。

      いくら早くてもこれでは患者を不安にさせるだけではないか。

      うーん、困ったものだ。

       

      世の中どんどん「新しい物はイイ物だ」信仰が幅を利かせて、

      より安くより早くより便利にと物が溢れている。

      多すぎて選べなくなっている。

      結果ニセ物とニセ情報の氾濫、そしてエセ人間の大量発生。

      疲れる世の中だ。

      …素人に必要なのは大体の体温でいいのに、ナニをそんなに頑張って新商品を開発しているのか私にはわからない。…

       

      私は古くなったものを買い換える時、デジタルよりアナログ。

      手触り、肌触り、目ざわり、聞きざわり出来るものに変えよう。

      疲れるものはやめようと思っている。

       

      | hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 15:33 | comments(0) | - | - |
      [138]100人HAIKAI
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        「HAIKAI」というパフォーマンスを今年大掛かりに5月、10月と二回行う。

        場所もテーマも別に。

        「HAIKAI」とは「俳諧」と「徘徊」をかけ合わせている。

        いつでもどこでも一瞬にして辺りの風景に入り込む。

        具体的には、超ユックリ歩行、行為を行う。

         

        20年前、友人の展覧会で、

        「展覧会の客」という私にしてはちょっと思わせぶりな辛気臭いパフォーマンスを行ったのが始まり。

        「何か音があった方がイイかな。」ってかけたのが映画「ベルリン天使の詩」のサントラ盤。

        このトムウェイツの音がモノスゴク良かったので、

        モノスゴイ体験をした。

         

        ートリップしちゃった=入り込んじゃったー

         

        何に入りこんだかと問われても明確に答えられない。

        あえて言えば「同化」。

        いい作品に会うと自然に身体が動き出す。

        身体が喜んでいる実感。

        喜んでいるので疲れない。

        いい作品や音楽に会うと60分位はいける。

         

        入口から入って会場を一巡りして去る。

        ナニも決めない。

        ナメクジになった様に会場をゆっくり移動。

        一点一点作品を舐める様に味わって去っていく。

         

        5年間程「展覧会の客」スタイルの「HAIKAI」シリーズの後、

        ゆるやかに天下御免、神出鬼没、勝手自在の今の「HAIKAI」に至る。

         

        A男 今日のケイコ どうだった ちがった

         

        B男 うん 初めてだったけどなんかめくれたつうか そんな感じ

        なんだろうね ちがったな いつもと

        車の音や人の声 町が吐き出す音がさ メチャ耳に入ってくるの

        あれ いつもこんな音聞いとるのかなー って感じ 

        それがメチャおもしろいし

         

        A男 あー俺言っていい 昨日さ 原さんの抜きゲイコの時

        お前やりたいことやれよ やりたいことって言われた時

        ずーっと最中考えて ずーっとやりたいことってなんだ 

        結局ないんじゃないかって 自分惨めじゃん 音なんか入らんかったわ

         

        B男 メッチャ入ったわ 車の音で車の気持ちがわかるんだわ

        そのうち 見えん信号まで見えてくるんだて おっそろしいだろ

        タイヤの軋む音が他人事でなくなってくるだて いっかんなー

         

        A男 ……

         

        もし「HAIKAI」の場面が芝居の中で使われたら、

        ケイコ後のセリフはこんなかもしれない。

         

        只今この100人「HAIKAI」出演者募集中。

        誰でも出来る簡単明瞭しかし奥が深い。

        まずは説明会へお越しください。

         

        ■パフォーマンス日程■
        vol.1 5月某日 豊田市 橋の下世界音楽祭 【ナミエ(仮)】
        vol.2 10月1日 名古屋市内 【エエジャナイカ】

        ■説明会■
        豊田:2月8日(水) 19:00〜21:00
        橋ノ下舎 <豊田市西町2-8 コンテンツニシマチ2F>
        名古屋:2月17日(金) 19:00〜21:00
        大須コミュニティーセンター 5F 大会議室 <名古屋市中区大須3丁目38-9>
        *動きやすい服装でお越しください。
        *説明会に来られない方は、下記お問合わせ先にご連絡ください。

        ■応募資格■
        説明会の話および、プチ体験して、おもしろそうだったらどなたでも参加できます。
        誰でもでき、簡単明瞭。しかし奥が深い。
        参加するかどうかは「説明会」を聞いてから決めてください。それでも迷う方は、ワークショップに参加してからでも結構です。

        経験不問・予約も不要。まずは「説明会」へお越しください。

        「ケイコの仕方」
        週1回×3ヶ月
        脱力体操→股割り→スリ足→HAIKAI<魂の歩行>
        体力をつけることより、体の力をヌクことを大事にします。
        演劇・ダンス・パフォーマンス、初めての方大歓迎です。
        日本の伝統、歌舞伎歴40年の原智彦が直接マンツーマンで接します。

        ■お問合わせ■
        080-4229-4424
        yoyaku_haraproject@yahoo.co.jp

         

        | hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 22:42 | comments(0) | - | - |
        [137]町の小っちゃな庭
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          今、庭にハマっている。

          マンション住まいだけど小っちゃな庭がある。

          果樹と野菜が主。

          年間収量はけっこうある。

           

           

          イチジク、カキ、ユズ、キンカン、ナツメ、ユスラ、フィージョア(南国の癖になる味の不思議な果物)。

          葉っぱ色々、キュウリ、ダイコン、ミニトマト、ピーマン、ナス、十六ササゲ、エンドウマメ系等。

          特にキュウリ、十六ササゲ、ナツメは大量に採れるので半分は近所におすそわけ。

          十五坪程だが思いのほか採れる。

          ネギ、シソ、ハーブ等は薬味としてありがたい。

          今はダイコン、青菜。ユズ、キンカンは終わりがけ。

           

          私は山の生まれなので、土や草木に馴染みが深い。

          ここ一年、芝居づくりにかつてなく専念したのでその反動か、庭にいる時間が長い。

          ぼーっと気が休まる。

          どだい絵を書いたり芝居やったり、文化芸術なんてものは変態の行為であるから、

          「気」を普通に戻すひとときがいるだろう。

           

          そんな庭に朝の一時、鳥がよく来る。

          大須の町を上空より眺めて暮らす彼らからすると、

          私の小さな庭は餌場として上位にあるらしくよく飛来する。

          カラス、ヒヨドリ、メジロ、スズメみたいな鳥。

          以上4種、たまにハト。

          体外ペアで片方が先に来てしばらくチュンチュンカアカアした後にもう一匹が来る。

          しばらくチュンチュン飛び回って(視察して)どこかに飛び去る時もあれば、

          食事をしだすときもある。

          何を基準に「いただきます」するのかよく分からぬ。

           

          イチジクの場合、「あーそろそろだな、もう一日置くか」、

          で翌朝、「あ〜やられた」となる。

          よく食べごろが分かるなと感心する。

          イチジクをついばむのはヒヨドリ。

          歯型というかくちばし型で分かる。

          一個丸ごとは食べない10分の1位ちょっちょとついばんである。

          私は残りを食べる。

          キンカンもほんのたまにつつき跡。

           

          ところが一週間ほど前、やにわに全量の半分位がやられた。

          廻りに種が飛散している。

          どうやらカラスだ。

          「ええい、にっくきカラスめ。」

          カラスはでかい。

          羽を広げると90cm位はある。

          でっかいくちばしから種をプップップと所構わず吐き散らしている姿を思い浮かべると、

          愛すべく悪役の歌舞伎役者、

          濡れた黒羽織の似合う「定九郎」の様でいいなと思う。

          が、私はすぐさま残りのキンカン、黄色いものを全部摘み取った。

          残したのは「これは苦いぞ。」と思える青いもの5個。

          何もこうまでしなくても、とさもしい私の心根が恥ずかしい。

           

          寒い冬の一時だけ、こんな町の一角でも大自然の生命のやりとりが垣間見れる。

           

          メジロがツバキ、サザンカの花びらを食べ散らかす。

          ハラハラと散る赤い花びら、緑のメジロとダンス踊る様。

          いいなとうなる。

           

          少し前、寒い日が続き2日ほど雪が舞った。

           

           

          雪の積もった庭でお茶をすすりながら雪の舞うのをじっと眺めていた。

          町は昼なのにシーンとしている。

          ビルの隙間を吹き抜ける雪。

          上へ下へ意思があるのか雪の舞、雪のダンス。

          随分長く庭にいたのに手は冷たくなかった。

           

          今年、私の一番の芝居「姥捨」を数か所で行う。

          二年前に演ったばかりだ。

          なのに今また「ババ」を演じる。

          何が私を突き動かすのか。

          何かが無くなり何かが生まれる。

          雪の舞がナニか私に囁いてくれたようだ。

           

          最近町の小っちゃな庭にいる時間は長い。

          気づかなかった美しいものをいっぱい見せてくれる。

           

          4度目の「姥捨」再再々演。

          今度はナニが見えるのだろう。

          | hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 21:54 | comments(0) | - | - |
          [136]ゴーゴーラストダンス!
          0

            10ヶ月ぶりのブログの原稿だ。

            何事も行き当たりばったり、気分屋、オモシロイ事から手を付ける私。

            昨年は「作品作り」「役者作り」に没頭。

             

            脳が文字を書く余裕を与えなかったというか、

            加齢による脳の出力ダウンは否めないので、

            小さくなってゆく脳の優先順位が「芝居の現場」で働くことを一番としていたに違いない。

             

            昨年は「芝居小屋」そのものを作ったり(橋の下歌舞伎)、

            手作りの「灯り」で公演したり(さんせう太夫)と、

            ゼロからの芝居作りに夢中でした。

             

            もうひとつ、芝居で大事なのは役者、

            「見物」に値するオモシロイ役者、

            動物園の動物と同じくらい「オーラ」を発する役者です。

            で、昨年と今年は集中的に役者として必要な技術と身体を手に入れるケイコを週2日。

            歌舞伎メイク、ツケ等の技術、身体の中心点を体感し、動物と同じ様に美しく振る舞える身体作り。

            土日は公演用のケイコ。

            これで週4日。

            残り3日はマンツーマンケイコ。

            一対一の真剣「抜きゲイコ」。

            これが効く。濃い。

            土日の全体ケイコではどうしてもアンサンブル(気持ちのキャッチボール)が主になり、

            「役者能力引き出しケイコ」は手薄になる。

            それで残りの3日が「抜きゲイコ」となるのだ。

             

            希望者のみ、4人まで。

            役者力アップの秘訣は「役者本人が欲しがること」を教えること。

            本人が欲しくないものはナニを教えても見に付かない。

             

            …人は他人の型(気持ち)には絶対当てはまらない、

            人は他人の気持ちは絶対わからない、

            本人の事は本人しかわからない。…

             

            であるから、本人が欲しがれば半分は手に入れたも同然、

            残り半分を埋める方法をいくつか教えるのである。

            そのいくつかを試し、「本人の得心したもの」に出会える手助けをするのが私の役目である。

             

            幸いにして私は「?」を解くのが小さい頃から物凄く好きなせいか、

            俗に言う「芸の引き出し」がすごく多い(と一人勝手に思い込んでいる)ので、

            「欲しいもの」をいくつか演ってみせ、マネさせる、検証する。

            例えばセリフの場合は録音して聞かせる。

            何度も何度も何度も何度も…。

            そのうち「ヘタな鉄砲、数撃ちゃ当たる」で、

            本人の得心するものにぶち当たる。

            モノスゴクウレシイ一瞬である。

             

            「役者力」とはこの「ヘタな鉄砲」を何回撃てるか、その回数なのだ。

            ケイコの後、私の口から出るのは「回数だよ、回数。」

            演れば必ず出来る。

             

            私のケイコは必ず「本息」で演ってみせる。

            相手に「マネしたい」と思わせなければダメ、誰もマネしない。

            まして、100回500回と続けられない。

            必死で全力で演る。

             

            皆仕事を終えて7時位に来る。

            冬の余程の寒さでない限り、高架下でのケイコは続けてきた。

            3時間。4人相手。

            ヘトヘトである。

            時によって「茶するか!」って話し込む。

            力を出し切った後は身体が真っ直ぐ、正直者になる。

            なぜか座がケラケラはじける、コッケイ話が行き交う。

             

            私70歳を越えたし、いよいよ流行りのシューカツ。

            ゴーゴーラストダンス!と、

            全身振り振りの芝居づくしの一年でありました。

            週7日のケイコを終えて帰ると、食って風呂入って寝るのが精一杯。

            とてもとても文字を書く、言葉をひねり出す力はなく。

            書かねば書かねばと気は急くとも瞼は落ちる。

            気がつけば朝、の連続。

             

            一年間、奮闘の甲斐あって役者たちも随分とたくましくなり楽しい一年だった。

            そのおかげかこうして少し余裕ができ、

            一年ぶりのブログが書けて嬉しいです。

            これからも長ーいお付き合い、よろしくお願いいたします。

             

            | hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 14:20 | comments(0) | - | - |
            [133]木の涙3
            0
              4月5日、2週間ぶりに「木の涙」に会う。

               

              発見してから3週間目、流れる涙は止まっていた。
              鍾乳石の形で、カサブタのよう。
              人間の体内を巡る血やリンパ液のごとく、
              土→木→空→雨→土と巡る水も同じだなぁと実感する。
              全てのモノに命ある事をわからせてくれる。
              スゴイナーエライナーと思う。
              樹液の上をランチタイムか蟻や羽虫がせわしなく動きまわっている。
              一時の逃さず回り続ける天然力の営み。
              我等もその一員として蟻のように羽虫のように這い続けるのだな。

              HAIKAI姿の私の映像が重なる。
              20年近く続けてきた私のパフォーマンス。

               

              なぜなのか、私自身もよくわからぬまま続けてきた。
              でも近年、わけはわからぬが身体が納得している事はわかる。
              私は表現者として自分の身体には並外れた興味がある。
              特に、骨折、アキレス腱切断、開腹手術等、身体の不自由になった時に興る。
              そのたびに、私の役者としての芸のヒキダシは確実に増え、
              身体能力もステップアップしてきた。
              怪我などして窮地に陥ったり、老いることは必ず表現者の新体力の巾を押し上げる。
              事実、今年古希(70歳)を迎える私も自分の身体史上一番タコの近い。

              約一ヶ月間涙を流し続けたカエデの木。
              人ごとならぬ親しみを覚える。
              やがてカサブタが取れ、表皮も盛り上がり元に戻る。
              心強い盟友ができた。
              週に一度挨拶に来ます。
              | hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 17:47 | comments(0) | - | - |
              [132]ハラハラドキドキ橋の下歌舞伎
              0
                「橋の下歌舞伎」のチラシ完成。

                 

                やっぱり嬉しい。
                本当に始まるぞ。
                モウアトニハヒケヌ。
                演じるしかない。
                覚悟が決まる。
                観念する。
                進むしかないとばかり走りだす。
                モヤッとしたものが雲になり水滴となり雨となって大地を潤し、
                やがて木になり花になる。

                チラシ完成とは例えて言えば今後の芝居は「こんな花が咲きますよぉ。」って事を天下に公言する事。
                公言するって事は途中で「ヤーメタ。」とは言えない。
                私にとって本当に覚悟のいるコワイ事なのです。
                これから二ヶ月間、ハラハラドキドキのコワイ事の連続です。
                覚悟して進みます。
                | hara-art | 原智彦の「手前味噌」 | 08:36 | comments(0) | - | - |
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