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JUGEMテーマ:日記・一般
日々是々日記 原智彦の「手前味噌」お芝居のこと、お祭りのこと、大須のこと、日々思う事をポツリポツリと書かせていただきます。
2018.03.01 Thursday
ブログを引っ越しました
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JUGEMテーマ:日記・一般 2018.01.17 Wednesday
【150】6回目の戌年
永らくのご無沙汰申し訳ありません。 やっとブログに向き合えました。 さすが昨年の公演回数9本はえらかった。 私の年間公演数の最多記録だ。 その忙しい中でも、毎日の朝の庭いじりと体操は欠かさなかった。 朝、目覚めると1〜2時間うつらうつら…。 ベッドの中で昨日のケイコの反省、今後の事など、 ポカリポカリと浮かんで来ることをメモ(しないと最近はすぐ忘れてしまう)。 書いて記録するとかでなく、ポッと浮かんだ思いつきを手で書くという動作が、 いつか具体化していく最初のセレモニーのような気がして結構マメにメモる。
ひと段落すると衣服改め庭へ出る。 寒気で空気がキレイそう。 掃除と草木の手入れ、30分程。 この後、私のオリジナル体操、30〜60分。 日によって長さ、内容は変える。 そして庭の草木を眺めてコーヒータイム。
1日のうちサイコーに「ボー」っとする時、 いちばんのご馳走は日々天気によって刻一刻と変わる草木の色合い。 日差しが斜めの朝、 葉を透き通る緑の明るさ。 …いちばん好き… 生命の美しさを文句なしに実感する。 そんな時、絶対いるのが麦ワラ帽子。 太陽の陽射しが視覚に入ると目がチカチカ、その生命の緑を味わいづらい。 帽子のひさしでガード。 今のは4年使っていい具合に風化してカッコイイ。
私は大好きなゴッホをいつか芝居にしたいと思っていて、 念願叶ったその折にはピッタリの「ゴッホの帽子」と名も付いているのだ。 4年間ほぼ毎日かぶったり取ったり、その度に前頭部の上端をひょいと右手でつかむ。 それでその部分が擦れて穴が空いている。 両サイドは作業の加減で擦れ落ちて無い。 右手側が多いのは、 手を伸ばしての作業(ナツメの実をもいだり、きゅうり、ささげなどの手入れ、収穫はかなり無理して右手を上へ伸ばす。)で、 ひさしに強く右腕が当たり擦れているのだなと思われる。 最近はこの帽子の形の変容がとても気になる。 じっと見ていると「毎日の事は恐ろしい、正直だ。真実、重みがあるな。」と感じる。 今年は私6回目の「戌年」。 老いを感じてから3年、朝の体操を欠かさない。 毎日の事は正直だ。 ほんの少しの心身の変化を教えてくれる。 芝居の演技とは、この帽子みたいに年を経て変化してゆく自分の心身に正直になれるか否か。 私の心身がどれくらい解放、自在に操れるかはこれからだ。 表現者として「楽しい盛り」が来ることを願う。 昨年を振り返り、改めて「全身全霊芝居」。 あの麦ワラ帽子同様、スレテコスレテ、無くなるまで続けたいと思います。
2017.09.18 Monday
[149]あゝ秋日和
久しぶりのブログ。 3ケ月ぶりだ。 今年は時間が早い。 ドンドン日が過ぎる。
3月、岐阜県笠原で「姥捨」。 4月、スペイン、「ダリ旅」。 5月、長野県大鹿村祭文亭、「HAIKAIと鳴神」。 6月、豊田市美術館西町会館、「姥捨」。 足助農村舞台宝榮座、「鳴神と姥捨」。
と公演が6本続き、
8月からは12月の七ツ寺共同スタジオ「ベニスの商人」公演に向けて、 出演者募集説明会、台本作りと並行して配役ワークショップ。 そして昨日(9月12日)「ベニスの商人」チラシ原稿完成、 台本第3版(ほぼ公演サイズ)完成。 秋の「HAIKAI」(10月1日名古屋市博物館)、 「大須大道町人祭り」(10月14日15日)の2本の内容と手配、ケイコ…。 脳内は9本の作品をこなすためにフル稼働。 その間に「よう働いたわ」といたわる間もあらばこそ…。
ハラプロジェクト以前、40年もの間(主にロック歌舞伎スーパー一座)共に創作活動をした、 岩田信市さんが8月6日亡くなった。 最後の一ケ月程は、ほぼ毎日彼の元を訪れ、 スーパー一座を閉じてからは本当に久しぶりに毎日顔を合わせる密な時だった。
何はともあれ、脳にスキマができた。 そして書かねばと思いつつ手がつかなかったブログの原稿に向かえるようになった。 秋日和のカラッとした今日。 久しぶりに朝早くカラスが庭で騒ぐ。 「ぬ、もしや」と思いつつ床を離れてまで見に行こうと思いつつ、 うつらうつらした後庭に出る。 「やられた。」 色ずんできた柿に穴、尖った嘴でつついた穴。 「さすが御町内さん、よく知ってる。夏の間まったくのご無沙汰だったのに。」である。 待てよ、ひょっとしたら秋の訪れを私に教えに来てくれたのかも知れぬ。
「お芝居てぇのはね、本数やればいいってもんじゃあないんだよ。 お前さん、時間かけてちゃんと丁寧に演ってるかい? 時の移ろい位は楽しめるようでなくっちゃね、ねお前さん。」
名前を付けてやろう、あのカラスに。
お千代さん、お雪さん、もも助…
なんでか芸者風の名前しか浮かんで来ない。 キリッと島田に結い上げた黒髪に同じく黒紗の着付けに羽織、黒塗りの下駄に赤い鼻緒姿のカラス。 脳にスキができると浮かぶはこのような事ばかり。 私はよほど心にスキがある人間なのか。
はっと気がつけば周りはすっかり秋。 庭には白い彼岸花、秋ナス、シソの花、ナツメの実、ハーブに花がつく。
自然は一時も休まぬ。 ナニも言わず呼吸している。 その泰然ぶりに比べて私と来たら、 「アーァ、この秋はハラプロ以外にもう一本名古屋能楽堂で、 20分ばかりの踊りを作って踊らなくてはならぬ。」 と少々アセリ気味の呼吸なのである。 …嗚呼。
2017.06.18 Sunday
[148]嗚呼メデタイな 橋の下
あっという間の3週間。 「橋の下世界音楽祭」が終わってから次の公演、 豊田西町会館「姥捨」(6月30日〜7月2日)の準備に忙殺されて、 書くこといっぱいあるのにコンチクショウ。 やっと目鼻がついたので橋の下の事から描きます。
今年のハラプロはいつもの「コミック歌舞伎」と違って、 パフォーマンス「HAIKAI」。 俳句の「俳諧」と、アチコチする「徘徊」をかけ合わせてある。 誰でもデキル、シンプル極まりない。 基本は超ユックリの歩行。 一歩踏み出すのに全身で立ち向かう。 100m20分かける。 サルバトール・ダリの「溶けた時計」のごとく、 いつもの時間が途方もなく「ノビル」。 生きてきた自分の全時間くらい。 50の魂が浮遊し、キャベツを喰い合う「最後の晩餐」。 その日、急ごしらえの「HAIKAIバンド」も加わり即興の大宴会。 50の魂がぶつかり交じり合う。 「ウマクイッタ。」「オモシロカッタ。」
いろんなモノがいろんな人が「徘徊」浮遊し、 いろんな出会い、交じり合いが起こり、 世界を一瞬にして17音に凝縮させる「俳諧」のように…。
今年の「橋の下」はそんな事がアチコチで起こった。 青い空の下、風になびく草穂の様に。 自然に、気取らず、当たり前のように起こった。 私はその「当たり前」が好きだ。 私の好きなポップアート(ポピュラーアート)とはこの事なのだ。 私の辞書ではポップアートとは、 「平凡な事を楽しむ芸術」とある。
ー メデタイな 嗚呼メデタイな 橋の下 ー
つい、私には珍しく写真をたくさん写した。
2017.05.15 Monday
[147]3回目の大鹿村
真っ青な空。 南アルプスの白雪の峰々。 描いたような白雲。 芽吹きの黄緑。 一斉に咲き出す花々。 カラッとして陽気。 信州伊那谷から南アルプスの奥深く一気に昇った標高1000m。
江戸時代からの古民家十数戸が、 大鹿村のさらに奥にある急な山肌に張り付くよう、 つづら道なりに点在。 見晴らしはスコブル良い、 空と山がでかい天空の村だ。 家の材が太い。 鬼の住むようなでかい「祭文亭」。
3年目になる。 家主のサイモンさん曰く、「日本で一番山奥で一番小さい劇場」。 今まで2回は6月梅雨時で雨が多かったけど、今年は上天気。 望みどおりのロケーションで演れた。 5月の連休3日間。 仕込みと公演2日で3日間晴れだった。 山で満々の陽を浴びると「最高っ」って身体が言う。 こんな状態だったので芝居も最高。 客の覚えも最高。 だったけど客は少なかった。 この時期は江戸時代から続く大鹿村歌舞伎公演や、 長い冬が終わり一気に終えるように草が、木が輝き出す時で、 帰省客や観光客の来る時。 地元の人達が超忙しい時だったらしく、 「ノンビリ芝居見物」とはいかなかったみたい。
それは兎も角、 この辺りのスケールの大きな山と空と水の美しい、 人間の手付かずの風景はスバラシイ。 今、このスバラシイ景色の地下深く、トンデモナイ事が進行中。 リニアモーター。 名古屋⇔東京間を45分縮めるためにモグラのように穴を掘るのだ。 地球に穴を空ける気か…不安である。 子供の手にする風船に突然プシュッ、針する大人。 昨今ようやく宇宙船「地球号」と言われ、 その有限性が問われるこのご時世。 全人類ヒヤヒヤ、落下傘で降下中なのだ。 カラスに突かれて傘に穴が開くなら兎も角、 誰が自ら穴を空けるのか。 「傲慢」というかんむり付きの叡智と勇気で地球に穴する狂気の人。 不安である。 こんなにも美しい風景の下を悪夢のトンネルはもう掘られ始めているのだ。 もうしばらくして、この美しい風景目指して訪れる人々を、 数千台のトラックが追いかけるだろう。 ナンのために…ナンのために…。
3回目の大鹿村、芝居の旅は余りの自然の大きさ、美しさに胸打たれました。 そして、今年4回演るパフォーマンス「HAIKAI」が「喰う人」でその最初がここ大鹿。 その大鹿の地中深く、まさに地球に喰いつくがごとく、 リニアモーターの穴掘りが始まる、皮肉な巡り合わせだ。
兎も角、私はオモシロイ芝居を作り、笑ってもらう事しかできない…。 続けるしかない…。
2017.05.10 Wednesday
[146]春らんまん
冬から夏へ… 「サムー」から「アツー」へ。
変わり目が春。 目まぐるしく景色が変わる。
庭の植物。 一気に花開くボケ、雪柳、山吹、チューリップ、ユスラ、 クリスマスローズ、ブルーベリー、ユズ、ラン。 食用青菜の取り残しは黄色の小花をつける。 イチジクは「無花果」の名の通り花は見えない、 実の中の赤いつぶつぶの実が花のつぼみか。 3cmくらいに膨らんだから、中で花は咲いているのかな。
大須の桜。 暖かい昼に、冷たい夜。 そのせいか夜空に浮かぶ満開の桜ごしの月がスゴイ。 冷え冷えとモノ言わぬ月、心に残る。
一雨ごと、強い風の吹くごとに木々は芽吹き一日一日、 日を増してキレイな黄緑が広がる。 この黄緑、ほんと「目を洗われる」という言葉がふさわしい。
三月冬の寒さが残り、残り少なくなった「エサ」を求めて、 騒がしかった鳥達が四月になるとパッタリ来ない。 外へ餌場が移ったのか。 食べごろの青菜が黒い土を割って顔を出したのに。 春の花が咲き始めたのに。 と思っていたら、四月終わり頃やはり戻ってきました。 イヤ、戻ってきたんではなく新しくやってきた。 カラスとハトは大須在住らしいので戻ってきたが、 メジロ、スズメらしきものは新顔だし、 ヒヨドリみたいなのは頭がモヒカンのちょっとパンク、 普通私がベランダに姿を現すだけで慌てて飛び立つのに、 コイツは平気。
2m先のブルーベリーの小さなスズランみたいな花をモーレツな勢いで喰いまくっている。 二匹一緒、まず夫らしき方が飛来、喰い始める。 後一匹は小屋の上で待機。 喰い散らす勢いがスゴイので待ちきれず「コラ」とはっきり言わず、 「ウッン」と音量は出さず気合だけはしっかり込めて足踏みもろとも発する。 二匹同時に飛び立つ。 初めて見た鳥だ。 きっと渡り鳥に違いない。 二匹羽を携えてたくましく世を渡るのだ。 でもなるべく早くこの地は離れろ、と思ってしまう。
ある朝ベランダのカーテンを開けると「サッ」と黒い影が走る。 「カラスか」と庭へ出るとブルーベリーの白い花が木下一面に散乱。 …。 「無残やな、落下狼藉とはこの事よな。憎っきはカラス。」 とちょっと口に出してみる。 願わくばスズランみたいな花の中で結果だけは済んでいておくれ。 そして夏には黒い宝石と言われる実を付けておくれ。 と願う。
年のせいである。 朝、庭をながめて呟いたりしてるのは。 今はそれがウレシイ。 「喰う」という営みが間近に見えて。 今年一年かけて4回行うパフォーマンス「HAIKAI」。 喰う。 ひたすら喰う。 身体丸ごとで喰う。
週二回「丸ごと喰うケイコ」を2月より続けている。 だんだん味がし出した。 この先が楽しみだ。 2017.04.29 Saturday
[145]ダリ旅 vol.2
バルセロナからバスで2時間あまり、 フランス国境沿いのリゾート地「カダケス」へ向かう。 ダリの父の別荘があり、ダリ幼少の頃から最も好きだった所。 そこから急な海岸のギザギザ道を昇り降りして、 ガランとした入江にポツンとある「ダリの家」。 バスから降りて道らしき所を選んで歩きたどり着く。
何も無い。 カンバンもジハンキもゴミカゴもナンニモない。
「イイナー、このフツーさ。」
予約制なので人もまばら、風と波の音だけ。 浜辺にすぐ建つ白壁の窓も少ない砦のよう。 てっぺんに「タマゴ」。 波打ち際から山へ向かってムクムクと40年以上の「時」をかけ増築増殖していった、 「タマゴの家」と呼ばれているダリの家だ。 一見そんなに風変わりな容貌ではない。
予約時間になるまで待つ。 門も柵もない。 が、守衛らしき人(?)がたむろしている建物の壁に何気なく「日時計」。
時計といえばトロンと溶けた時計が代名詞のダリである。 「お、これは!」と思う内、入口の前に一本の糸杉の生えた朽ち果てたボート。
これまた「おお!やるなー。」…声が出る。 朽ちたボートは樹脂で覆ってあり、ちっちゃく「触れるな」と表示してある。 ほとんどの人が作品とは気づかず、もたれたりナデナデしてる。
さて、入館! って言っても10人ずつ一人の案内人に付き添われて、 こんにちは、ダリさん! みたいな感じで玄関ドアを開けて入る。
「う、狭い。」当たり前だ。 フツーのお宅に10人で押しかけているのだ。 入ってすぐ「シロクマ」がいる。
ジャラジャラネックレスを付けて鉄砲を持って。 向かいに「唇のソファー」。
台所、図書庫、アトリエ、バスルーム、トイレ、寝室など14の小部屋と屋外にはプールや点在するオブジェ。
彼の描く絵画そのままに、彼の家どこもかしこもダリの「おもちゃ」「宝物」で埋め尽くされている。 まるで彼の脳内にいるような感じ。 家自体がダリなのだ。 イイ気持ち…。
イイ気持ちにさせてくれたのは展示とその見方にもある。 生前のままに(アトリエでは描きかけの絵もそのまま)ロープ一本の仕切りだけ、 手を伸ばせば届く。 彼の使ったもの、作ったものに埋もれて、 この世にいない「ダリに会えた」と思った。 女神「ガラ」と2人で過ごし、分身でもある絵を描き、産み出す聖なる場所、 まるで子供のように飾り続けた城であり、教会でもあるのだ。 「随分と正直な人なんだな。」と嬉しくも思った。
帰り道、道端の草やサボテン、砂利、水たまり、岬の岩、碧い空、ダリの描くものに見える。
やはりダリ酔いかな…。 2017.04.18 Tuesday
[144]ダリ旅 vol.1
危なかった。
先月一週間ほど「サルバドール・ダリ」に会いにスペインへ行ってきた。 会うと言っても、もうこの世にイナイ人なので彼の住んでいた家と、 彼自身の手による彼の美術館を訪ねた。
若い頃は余り惹かれなかったダリだったが、 昨年暮れ、東京国立新美術館の「ダリ展」を観て、 彼を急に知りたくなった。
本年2017年は、20年来の私のパフォーマンス「HAIKAI」を4本立て続けに行う。 昨年11月、「さんせう太夫」が終わると同時に、 今年の「HAIKAI」に向けてスイッチがパチっと入る。 HAIKAI中、私の脳内はダリの絵にある溶けた時計みたいに、 時間が「タラーーーーン」と伸びていく感じになる。 現実がハガレ落ち、得体のしれぬ普段とは違う自分になる。 それがダリの絵の中の人物のようなのだ。
そういう訳で、急にダリに会いたくなり、 地中海フランス国境近くのポルト・リガト、何もない入江に建つ、 最愛の妻「ガラ」と暮らし仕事をした、 たぶん最も幸せな時を過ごしたであろう、ダリの「脳内ジオラマ」みたいな家と、
彼の生まれたカルダスの「ダリ劇場美術館」(1974年彼70歳の時開館)、 かつて劇場だった、ダリ自身の手によって作られたダリ王国のような建物を訪れた。
ピンポイントの目的でピンポイントの場所を訪れ、 ダリに会えはしないけれど、「モノ作りのオモシロサ」「モノ作りに熱中する楽しさ」、 ビシバシと伝わってきました。 願わくば私もあんな風に芝居作りに挑みたいと思う。 空の長旅は疲れたけど、 「イイゾイイゾ、ワカルワカル、ソーダソーダ」の連続でした。
あ、そうだ! 文の最初に「危なかった」と書いた。 今回の旅は格安にして「ダリゆかりの地を巡る7日間の旅」という、 私にしては願ったり叶ったりの嬉しいツアーだったんだけど、 その旅行会社が「テルミクラブ」。 帰国して一週間後、ニュースで倒産を知ってビックリ。 いいホテル、うまい食事、親切なガイドといたれりつくせりの良い旅だったので、 なおさら「エッ!」だった。 ひょっとしたら現地でオロオロする所だったかも知れぬ。 ダリの脳内には迷い込みたいが、地球の反対側で迷うのは嬉しくない。
ダリの旅は「危なかった」で終わり、ダリのイタズラだったのかも知れぬ。 |
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